不知火しらぬい)” の例文
と見ると、雲の黒き下に、次第に不知火しらぬいの消え行く光景ありさま。行方も分かぬ三人に、遠く遠く前途ゆくてを示す、それが光なき十一の緋の炎と見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きなからだをこまねずみのようにキリキリ舞いさせて、不知火しらぬい弟子でしどものいる広間のほうへと、スッとんでいったが……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
追捕ついぶの舟軍は、一とき、夜の海を不知火しらぬいにして迫っていた。そのうちの二、三ぞうは、つい矢ごろの距離にまで追ッついて来たほどである。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お母様だけは日本の生れで、それも九州の大大名、竜造寺家の姫君の、不知火しらぬい姫と仰せらるる美しいお方でございます」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この大きな盆景を隔ててまゆ山の秀麗な峻峰しゅんぽうと相対し、眉山の裾をひく不知火しらぬいの海には九十九つくも島が絵のように浮んでいる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
この宇土半島の西端と天草上島かみじまの北端との間に、大矢野島、千束せんぞく島などの島が有って、不知火しらぬい有明の海を隔てて、西島原半島に相対して居るのである。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
肥後ひご不知火しらぬい、越中の蜃気楼しんきろうなども、民間にていろいろ妄説を付会しているが、これという害もなければ利もない。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
底光りのする空を縫った老樹のこずえには折々ふくろが啼いている。月の光は幾重いくえにもかさなった霊廟の屋根を銀盤のように、その軒裏の彩色を不知火しらぬいのようにかがやかしていた。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕の郷里は九州で、かの不知火しらぬいの名所に近いところだ。僕の生れた町には川らしい川もないが、町から一里ほど離れたざいに入ると、その村はずれには尾花おばな川というのがある。
水鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夜に入ればことごとかがりをたいて闇にひらめく無数の火影は、さながら不知火しらぬいと疑うばかり、全く浮世絵式の情調、それも追い追い白魚が上らなくなって、せっかくの風致も川口から退散。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
不知火しらぬいの海、その名は歌のようにわたくしの魂の糸をかき鳴らしますけれども、現在そのところに至れば、わたくしの魂はずたずたに裂かれて、泣き崩折くずおるるよりほかはなかろうと思われます。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
井上は松浦潟まつらがたのたか島の娘であり、山下は不知火しらぬいの天草島の娘だった。
ロザリオの鎖 (新字新仮名) / 永井隆(著)
「兄上、これなる御仁が当不知火しらぬい道場の師範代——というよりも、ながらく拙者のじゃまをしてこられた、峰丹波どの……」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しばらくして、その半眼はんがんに閉じた目は、斜めに鳴鶴なきつるさきまで線を引いて、その半ばと思う点へ、ひらひらと燃え立つような、不知火しらぬいにはっきり覚めた。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
例えば、鬼火、不知火しらぬいのごときは単純なる物理的妖怪にして、奇夢、霊夢のごときは単純なる心理的妖怪なり。
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その島々が親山おややまたるまゆ山のみどりを背景として、静かな不知火しらぬいの海に羅列する光景は、まさに西海の松島である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
また「あっ」とその不知火しらぬいのごとき兵船の数に驚き——一気に斑鳩いかるがまで駈けとおして来て、兄の義貞へ
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、壮観なのはそういう海上を、伴侶に離れた不知火しらぬいのように、数点の火が右往左往、あるいは前後に飛びはしり、この大船の周囲を巡って、決して離れないことであった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自分の幼い時分から、この不知火しらぬいの道場にいて、父十方斎の信任あつかった峰丹波の言うことです。ことには、源三郎とも和を結んだという。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
団扇うちわにしては物寂しい、おおきひとりむしの音を立てて、沖の暗夜やみ不知火しらぬいが、ひらひらと縦に燃える残んの灯を、広いてのひらあおあおぎ、二三ちょう順に消していたのである。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まず物理的妖怪中、人の最も多く奇怪とするものは怪火かいかである。怪火とは、竜灯、鬼火、狐火きつねび不知火しらぬいのごとき、火のあるまじき所に火光を見る類を申すのじゃ。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この夜、海上の不知火しらぬいはここらの里ではわからなかったが、しかし、おなじ下弦かげんの月が空にあった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片側川端の窓のあかりは、お悦の鼈甲べっこう中指なかざしをちらりと映しては、円髷まるまげを飛越して、川水に冷い不知火しらぬいを散らす。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当の萩乃は、こい不知火しらぬいのむすめ十九、京ちりめんのお振袖も、袂重い年ごろですなア。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
筑紫つくし不知火しらぬいといえば、なにびとも知らざるなく妖怪中の巨魁きょかいであるが、先年、熊本高等学校の教員は海中の虫ならんと思い、海水をくんで試験を施してみたれども原因不明であった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
広小路の数万の電燈、もやの海の不知火しらぬい掻分かきわけるように、前の俥を黒門前で呼留めて「上野を抜けると寂しいんですがね、特に鶯谷へ抜ける坂のあたり、博物館の裏手なぞは。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恋すちょう、身は浮き舟のやるせなき、波のまにまに不知火しらぬいの、燃ゆる思い火くるしさに、消ゆる命と察しゃんせ。世を宇治川うじがわ網代木あじろぎや、水にまかせているわいな……といった風情。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先年、筑後ちくごの柳河にて、ある小学校長より聞いた話がある。その校長が不知火しらぬいを探検せんとて、火の出ずる季節に漁舟を雇い、夕刻より海上へこぎ出だしたれど、なかなか火が見えぬ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
東西ともに怪火の種類すこぶる多く、狐火きつねび、鬼火、火の玉、竜灯りゅうとう、火柱、火車等、いちいち列挙することはできぬ。なかんずく、わが国において古来最も名高きは肥後ひご不知火しらぬいである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
声が一所で、同音に、もぐらもちが昇天しようと、水道の鉄管を躍り抜けそうな響きで、片側一条ひとすじ、夜が鳴って、どっと云う。時ならぬに、の葉が散って、霧の海に不知火しらぬいと見えるともしびの間を白く飛ぶ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「おうッ! 不知火しらぬいが見える! 生れ故郷の不知火しらぬいが——」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今その一例を挙ぐれば、狐火きつねび、流星、不知火しらぬい蜃気楼しんきろう、および京都下加茂社内へ移植する木はみなひいらぎに変じ、尾州熱田に移養する鶏はみな牡鶏に化すというがごときは、物理的妖怪なり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
明石町は昼の不知火しらぬい、隅田川の水の影が映ったよ。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)