ゆたか)” の例文
のち十年、桑は郷試に及第して挙人となったので、家も漸くゆたかになった。狐児は頗るりこうであったが、どうも体が弱くてよく病気に罹った。
蓮香 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
聲をあはせて、汝等の尋ぬるものこゝにありと叫べる處にいたれる時、日はわがしらざる間にゆたかに五十をのぼりたればなり —一八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そんな風だから私の家の暮し向きのゆたかであるはずはなく、そのためであろう、母と叔母とは内職に麻糸あさいとつなぎをしていた。
諸侯及び旗下を損じて幕府を利す、理において当らざるが如し。しかれども彼は国家の変に応ずるには、財用をゆたかにせざるべからざるを看取したり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「内藤さん、あなたにも花岡さんにもゆたかがひとかたならぬごめいわくをかけまして、なんとも申しわけございません」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ル・メルキウル・ド・フランスが初号をいちいだせし時も、もとより文壇不遇の士の黄白くわうはくゆたかなる筈なければ、やむ無く一株ひとかぶ六十フランの債券を同人に募りしかど
店の若い衆が二人と小僧が三人、ほかにはお広という老婢ばあやと、おすみという若い下女がいる。店がかりは派手でないが、手堅い商売をして内証もゆたかであるらしい。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
同時に彼は吉川の細君などがどうしても子供扱いにする事のできない自己をゆたかにもっていた。彼はその自己をわざとかくして細君の前に立つ用意を忘れなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
歳祝いをする家でも生活がゆたかなだけに、膳部をにぎやかにして、村人達が七福神とか、春駒とか、高砂たかさごとかと、趣向をらして、チャセゴに来てくれるのを待っているのである。
手品 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
もし識者の親切から独身婦人をなくしようと欲せらるるなら、社会組織を改善し、男子側の経済をゆたかにする方法を講ぜられるのが急務で、そうしてそれは容易に改善しがたい事でしょう。
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
絶えて人の妻たるかひも思出もあらで、むなし籠鳥ろうちようの雲を望める身には、それのみの願なりしゆたかなる生活も、富める家計も、土の如く顧るに足らず、かへりてこの四年よとせが間思ひに思ふばかりにて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一三 租税を薄くして民をゆたかにするは、即ち國力を養成する也。故に國家多端にして財用の足らざるを苦むとも、租税の定制を確守し、上を損じて下をしひたげぬもの也。能く古今の事跡を見よ。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
軒にのぞいた紅梅の空高く、たこうなりがふえのようにゆたかに聞えていた。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その児に乳母を選んで、附けて置くゆたか身上しんしょう
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それ神がそのゆたかなる恩惠めぐみにより造りて與へ給へる物にて最もその徳にかなひかつその最も重んじ給ふ至大のたまものは 一九—二一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
滄客の家は頗るゆたかであった。年は四十になったところで二人あるこどものうち、長男の吉というのは、十七歳でゆうの名士となり、次男もまたりこうであった。
劉海石 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「私、ゆたかの成績について橋本先生のところへうかがいましたが、あなたのようなお方とご懇意こんいに願ってさえいれば、自然いい方へむきましょうとおっしゃいました」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
相変らずの大酒たいしゅで家計があまりゆたかでないという事や、すべてこれらは、健三に取って耳新らしい報知たよりに違なかったが、同時に大した興味をく話題にもならなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暮しはゆたかだと云うほどではないが、雇人やといにんの二三人も使って、どうにか人並にはやっているらしい。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
便すなはち宮の夫の愛を受くるを難堪たへがたく苦しと思知りたるは、彼の写真の鏡面レンズの前に悶絶もんぜつせし日よりにて、その恋しさに取迫とりつめては、いでや、この富めるに饜き、ゆたかなるにめる家を棄つべきか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
誇りえざりしなるべし、人の外套うはぎ締合しめあはすところより下方したわが目にうつれるものゆたかに三十パルモありき —六六
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
月々支出している、また支出しなければならない金額は、彼に取って随分苦しい労力の報酬であると同時に、それですべてをまかなって行く細君に取っても、少しもゆたかなものとはいわれなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宮は既に富むとゆたかなるとにきぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
堀口ほりぐち ゆたか
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
後身をゆるやかにしてさびしき路を行き、いづれも言葉なく思ひに沈みてゆたかに千餘の歩履あゆみをはこべり 一三〇—一三二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あゝ我をして視る力の盡くるまで、永遠とこしへの光の中に敢て目をそゝがしめし恩惠めぐみはいかにゆたかなるかな 八二—八四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)