睦言むつごと)” の例文
初恋にう少年少女のたわいのない睦言むつごとりに過ぎないけれども、たがいに人目をしのんでは首尾していたらしい様子合いも見え
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
他愛のない睦言むつごとに過ごす半日の二人の仲には、どんな恋の飽満がかもされたかと思われるのですが、そうしつつ、恋は一歩もすすみません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つもる思いのありたけを語りつくそうとあせれば、一時ひとしきり鳴くとどめた虫さえも今は二人が睦言むつごとを外へはもらさじとかばうがように庭一面に鳴きしきる。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
で水夫たちは、西沢が全力をあげて混ぜっかえすにもかかわらず、三上をおだて上げて、その睦言むつごとの全部を繰り返させた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そして、そこで、夫達の様々の睦言むつごとを立聞きしては、どの様に、身も世もあらぬ思いをいたしたことでございましょう。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小藤次は、深雪の処置を心配するよりも、一度の睦言むつごとも交えずに、別れなくてはならなくなった自分の恋に、悲しい失望と、怒りとが起って来た。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「御免かうむりやせう。夜中にフラフラ浮出した首が、屏風びやうぶの上なんかに載かつて居た日にや、睦言むつごとの見當が付かねえ」
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
人形とホソボソ睦言むつごとを囁き、あげくの果は、美しい夫人を残して、その人形と情死するという筋を描かれた。
人造物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あゝ、それがいか許り昨夜よべの八つ橋との逢瀬あふせを、睦言むつごとを、絢爛多彩な絵巻物として、無言のうちに悩ましく聴くものゝ心の中に想像させて呉れたらうことよ。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
木の葉の下を吹く風のままに、煙のように吹き去られ散らさるるそれらの睦言むつごとは、書物の中で読んだばかりでは、その魔術的な力を感ずることは難いだろう。
と、まだ寝ないで、そこに、羽二重の厚衾あつぶすま、枕を四つ、頭あわせに、身のうき事を問い、とわれ、睦言むつごとのように語り合う、小春と、雛妓おしゃく、爺さん、小児こどもたちに見せびらかした。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最も悲しき睦言むつごとを語れり、一生の悲哀と快楽を短か夜の尽しもあえず鶏は鳴きぬ、佐太郎は二度の旅衣を着て未明より誘い来たれり、間もなく父老朋友ほうゆうを初め、老媼女房阿園が友皆訪いつど
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
いのこ同然の彼奴あいつ睦言むつごと……(訳注 おなじく。ただしこのくだり、チェーホフはかなり上品に言い直されたロシア訳を踏襲している。いま訳者は、シェイクスピアの原意に近い逍遥訳を採った)
爾来じらいことにおとよに同情を寄せたお千代は、実は相談などいうことは第二で、あまり農事の忙しくならないうちに、玉の緒かけての恋中こいなかに、長閑のどかな一夜の睦言むつごとを遂げさせたい親切にほかならぬ。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「なあにネ、そいつがついこないだ、羽州うしゅう羽黒山のふもとから出て来たというんでしてネ。ねやの睦言むつごとって奴も、なかなか呑み込めねえんで——おみいさまあ、また、ずくに来てくんろよ——と、来やがらあ——へ、へ、へ、へ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二人は本当の新婚者の様に、恥かし相に顔を赤らめながら、お互の肌と肌とを触れ合って、さもむつまじく、尽きぬ睦言むつごとを語り合ったものでございますよ。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そうよ、屋根舟の中の睦言むつごとなら、こッちもけて通るけれど、どうやら女が逃げ廻っているらしいぜ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人は親同士の決めた許嫁いいなずけで、子供のうちからの知り合いでもあり、この婚礼はどちらから言っても芽出度い限りで、初夜の睦言むつごとも蜜の如くこまやかでしたが、朝起きて見ると
ツイゾシンミリトシタ睦言むつごとヲ取リ交ソウトシナイノハ、ソレデモ夫婦トイエルデアロウカ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
心得こゝろえたか、とかたらせたまへば、羅漢らかん末席まつせきさぶらひて、悟顏さとりがほ周梨槃特しゆりはんどくこのもしげなる目色めつきにて、わがほとけ、わが佛殿ほとけどの道人だうじん問答もんだふより、ふすま男女なんによ睦言むつごと、もそつとおきなされとふ。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わしは森の中に行って睦言むつごとを聞きたいくらいだ。麗しく幸福である道を心得てるそれらの若者どもは、わしの心を酔わしてくれる。もしだれか見たいというなら、すてきな結婚をしてみせてもいい。
私は妄想の中で、その人と手をとり合って、甘い恋の睦言むつごとを、ささやかわしさえするのでございます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
松雪院をそゝのかしてその右の耳に穴を穿うがたせ、夫婦が蚊帳の中にあってそれを眺めながら睦言むつごとを交したと云う夜の戯れこそは、彼が初めから抱いていた終極の目的だったであろう。
障子にさんをおろしたり、お妾との睦言むつごとにまで、見張りの宿直とのゐが、屏風の蔭で耳を濟まして頑張つてゐるといふぢやありませんか、さうなつた日にや、色事だつて身につきませんね、親分
そうして不二子さんとこの様な睦言むつごとを囁き交わす男性は、ルパンの外にある筈がない。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)