そぞろ)” の例文
湖龍斎が全盛期の豊艶なる美人とくだつて清長の肉付よき実感的なる美人の浴後裸体図等に至つてはそぞろ富本とみもとの曲調を忍ばしむる処あり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と小宮山は、金の脈を掘当てましたな、かねての話が事実となったのでありますから、そぞろに勇んだので乗出しようが尋常事ただごとでありませんから
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「島が見えるぞう! おおい、みんな出て見ろ! 陸地に着いたぞう!」そしてバタバタと甲板を駆け廻って、心もそぞろに躍り狂うような靴音!
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
蒲田が一切を引受けて見事にらち開けんといふに励されて、さては一生の怨敵おんてき退散のいはひと、おのおのそぞろすすむ膝をあつめて、長夜ちようやの宴を催さんとぞひしめいたる。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
君よ、青簾の中なる美しき人の姿を見んとて朝な夕なのそぞろ歩きに、その門をさまよいたもうな。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
そぞろに洋学が公然日本に入りかけた時代の、白熱した一般の読書慾、知識慾を思いやられる。
蠹魚 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
宝村から追い立てられた其翌日の出来事であるが、昨日までの教員が、今日は青々と髪を剃った納所なっしょ坊主と一変し、名も拳龍けんりゅうと改めたのは、有為転変の世の中とは云えそぞろあわれを催させる。
「こはそぞろなり鷲郎ぬし、わがために主をすつる、その志は感謝かたじけなけれど、これ義に似て義にあらず、かへつて不忠の犬とならん。この儀は思ひ止まり給へ」「いやとよ、その心配こころづかいは無用なり。 ...
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そぞろにわれわれの過ぎ去った学生時代を意味深く回想させ、ゴンクウル兄弟が En 18… の篇中に書いた月夜げつやムウドンのうるわしい叙景は
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、旅宿に二人附添った、玉野、玉江という女弟子も連れないで、一人でそっと、……日盛ひざかりもこうした身には苦にならず、町中まちなかを見つつそぞろに来た。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今は心もそぞろに足をはやむれば、土蔵のかども間近になりて其処そこをだに無事に過ぎなば、としきりに急がるる折しも、人の影はとつとしてその角よりあらはれつ。宮はめくるめきぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そして、旅宿りょしゅくに二人附添つきそつた、玉野たまの玉江たまえと云ふ女弟子も連れないで、一人でそっと、……日盛ひざかりうした身には苦にならず、町中まちなかを見つゝそぞろに来た。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
得もはれぬその仇無あどなさの身に浸遍しみわたるにへざる思は、そぞろに唯継の目のうちあらはれてあやし独笑ひとりゑみとなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一度ひとたびその秘戯画に現はれたる裸体画を検するものはその骨格の形状正確にして繊巧を極めし線の感情の敗頽はいたい的気風に富めるそぞろに歌麿を思はしむる所あるを知るべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手足皆鉄、腕力想うべしと、へいげんそぞろに舌をき、すなわち執事をして大助を遠ざけしめむとしたるなり。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それさえ頼母たのもしい気がするまで、溝板どぶいた辿たどれば斧の柄の朽ちるばかり、そぞろに露地が寂しいのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
語るを聞いて泰助は心のうちに思うよう、いかさま得三に苛責かしゃくされて、下枝かあるいは妹か、さることもあらむかし。活命ながらえてだにあるならば、おッつけ救い得させむずと、そぞろあわれを催しぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玄関の下駄を引抓ひッつまんで、晩方ばんがた背戸へ出て、柿のこずえの一つ星を見ながら、「あの雀はどうしたろう。」ありたけの飛石——と言っても五つばかり——をそぞろに渡ると、湿けた窪地くぼちで、すぐ上がしのぶこけ
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幾多の艱難かんなんの無功に属したるを追想して、老夫はそぞろに涙ぐみぬ。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まあ、この手を放して、ねえ、手を放して、」とそぞろである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そぞろに手に取って、相性の処を開けたのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)