曳摺ひきず)” の例文
近頃日和下駄を曳摺ひきずって散歩するうち、私の目についた崖は芝二本榎しばにほんえのきなる高野山こうやさんの裏手または伊皿子台いさらごだいから海を見るあたり一帯の崖である。
黒斜子くろなゝこ五所紋いつところもんの上へ行儀霰ぎょうぎあられ上下かみしもを着け、病耄やみほうけて居る伊之助を、とこへ寄掛りをこしらえて、それなりズル/\座敷へ曳摺ひきずり出しますと
呼吸いきを殺して従いくに、阿房あほうはさりとも知らざるさまにて、ほとんど足を曳摺ひきずる如く杖にすがりて歩行あゆけり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夢心地に曳摺ひきずっていって、ひょいと突離つきはなす。突はなされた魂が痛まぬほどの、コツのある手荒てあらさである。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
助十 えゝ、おめえのやうな曳摺ひきずかゝあがによろによろしてゐたつて何の役に立つものか。よし原の煤掃すゝはきとは譯が違はあ。早く亭主をひき摺り出せといふのに……。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
二種ふたいろの靴跡は、或は強く、或は弱く、曲ったり踏込んだり、爪先を曳摺ひきずる様につけられたかと思うとコジ曲げた様になったりしながら、激しく入り乱れて崖の縁迄続いている。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
すそ曳摺ひきずりて奥様おくさまといへど、女はついに女なり当世たうせい臍繰へそくり要訣えうけついわく出るに酒入さけいつてもさけ、つく/\良人やど酒浸さけびたして愛想あいそうきる事もございますれど、其代そのかはりの一とくには月々つき/\遣払つかひはらひに
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
鬢髪びんぱついまださいわいにして霜を戴かざれど精魂漸く衰え聖代の世に男一匹の身を持てあぐみ為す事もなき苦しさに、江戸絵図を懐中ふところ日和下駄ひよりげた曳摺ひきずって
扱帯しごきおびがずるずると曳摺ひきずっていたり、羽織がふうわりひさしへかかっておりますな、下駄、蝙蝠傘こうもりがさ提灯ちょうちんまさしく手前方の前なんぞは、何がどう間違ったものでござりますか
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蝙蝠傘こうもりがさを杖に日和下駄ひよりげた曳摺ひきずりながら市中しちゅうを歩む時、私はいつも携帯に便なる嘉永板かえいばん江戸切図えどきりず懐中ふところにする。
一膳めし屋で腹をこさえて、夜通し、旦那、がらがら石ころの上を二台、曳摺ひきずって、夜一夜よっぴて山越しに遣って来やしてね。明け方ちょうどここンとこまで参りやすと、それ、旦那。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足を曳摺ひきずりながら、石の門柱についているあかりの下に歩み寄り、塀外へ枝を伸したしいの葉かげをせめての雨やどりに、君江はまず泥と雨とにれくずれた髪の毛を束ね直そうと
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
草履穿ばきかけずり歩かねばならないのみならず、煮るも、炊くも、水をむのも、雑巾がけも、かよわい人の一人手業てわざで、朝は暗い内に起きねばならず、夜になるまで、足を曳摺ひきずって
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お丹は勝手次第に綾子の箪笥たんすより曠着はれぎ取出とりいだし、上下うえしたすっかり脱替えて、帯は窮屈と下〆したじめばかり、もすそ曳摺ひきずり、座蒲団二三枚積重ねて、しだらなき押立膝おったてひざ烟草たばこと茶とを当分に飲み分けて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを避けようと思って何方どちらかの軒下へ立寄ればいきなり屋根の上から積った雪が滑り落ちて来ないともわからぬので、兼太郎は手拭を頭の上に載せ、昨日歯を割った足駄を曳摺ひきずりながら表通おもてどおりへ出た。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
半ば串戯じょうだんだったのに——しかし、停車場を出ると、見通しの細い道を、いま教授がのせたなりに、ただ袖に手を掛けたばかり、長い外套の裾をずるずると地に曳摺ひきずるのを、そのままで、不思議に
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)