あらが)” の例文
すでにどうあらがってみても危篤の友を見舞うにふさわしいものはなくて、抑えても抑えてもふくれあがる女への情熱でいっぱいだった。
正体 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
逆手というのではなかったので、苦痛も痛みも感じなかったが、なんともいえない神妙の呼吸は、平八をしてあらがわせなかった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
之はあらがい難きニヒリズムである。家に帰って寝に就いてからも、此の男の言葉の・極めて叮嚀ていねいな・しかし救いの無い調子が耳について仕方がない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
悪党がっているお六も、あらがう力もなく首を延し上げられて、左の小脇にかい込まれると思う間もなく、薄月にひらめく銀簪、あわやお六の右の眼へ——。
また、その聴許ちょうきょを要請された殿帥府でんすいふの高家でも、司法法廷の裁判にはあらがいかねたものだろう。だまって、その公文書に裁可の官印をして下げてきた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芸者には限らない。女と云うものはそうしたものかも知れない。この頃のお常は、己を傍に引き附けて置いてふくれ面をしてあらがってばかしいようとしやがる。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
他の一部の若い人々は全く山村のようにくよくよしずにさりとて現状にあらがわず、僅かに自分の時間でせめては本だけでも読んだりして雨宿りでもしているように
逃げても逃げ切れないし、いどんでもあらがいきれるものではない、ただひとつの事はうまくだまして貝をそのまま帰すことだけが、一さいが無事にすむことになるのだ。
その時お信さんは、伯父が許さなかつたにも拘らず、ぷん/\怒り泣きながら、それにあらがつて停車場まで見送りにと言つて、平常着ふだんぎのまゝ逃げるやうに出て行つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
否々、そは我が言はんと欲せしところにあらず。わが本意は畫工に聖母のみ畫かせんとにはあらず。めでたき山水も好し。賑はしき風俗畫、颶風ぐふうあらがふ舟の圖も好し。
洞のごとく見せかけたのではなかったであろうか——などとさまざまな疑心暗鬼が起ってくると、それがあらがいがたい力でもあるかのごとく、滝人の不安を色づけていった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雪をはらんだ雲は、さういふ彼にあらがふやうに、低くおもく、垂れこめてゐるのである……
暗闇くらやみに声を掛けたが、答えず、思わぬ大金をもらって気が変になったのか強くなったのか、こともあろうにそれは見習弟子だとやがて判った。あらがったが、なぜか体がもろかった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
左様なる事、若き人の口出しせぬものぞかし。一切をわれ等に任せて安堵されよと言葉をつくしたる説明ことわけなり。われも強ひてあらがひ得ずして、成り行く儘に打ち任せつゝ年を越えぬ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あらがうべきすべもなくて、言わるるままに持ち合せの衣類取り出し、あるほどの者を巻きつくれば、身はごろごろと芋虫いもむしの如くになりて、やがて巡査にともなわれ行く途上みちの歩みの息苦しかりしよ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
小坂部はもうそれにあらがう気力はなかった。かれは牛飼いに牽かるる仔牛のように、素直に男のあとに付いてゆくと、彼は五、六町ほども細径こみちをたどって、城の大手らしい松並木の広い路に出た。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その本流と可児かに川の合するところ、急奔し、衝突し、抱合し、反※する余勢は、一旦、一大鉄城のごとく峭立し突出する黒褐の岩石層の絶壁に殺到し、遮断されて、水は水と撃ち、力は力とあらが
日本ライン (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
自らそのかたくなな固定性に飽いて、あらがい出た自己嫌悪の旗印か、または非生の自然に却って生けるものより以上の意志があって、それを生けるものに告げようとする必死の象徴ででもあるのであろうか。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こういう訴えにはジョンの正直な心はあらがうことができない。
フリギアのたいらな野から、あらがう高い背に載せて
悟り得ずして、いたづらに我の力にあらがへる!
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
また恃むは、我にあらがふ力残れり
妄動 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
あらがふ神秘とともに流れる。
かるくあらがった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
年を経るにしたがって彼女は益〻美しくなり、自ら品位も立ちまさり、いかなる男も彼女の前ではあらがい難く思われるほどの、強い魅力を持つようになった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お常は躍起となってあらがいましたが、平次は相手にする様子もなく、見て来たような事を言って
こういう勢いになったのは、大夫の詞に人を押しつける強みがあって、母親はそれにあらがうことが出来ぬからである。その抗うことの出来ぬのは、どこか恐ろしいところがあるからである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もうどの木にも死んだ葉が二つ三つ残って、それが風にあらがっているきりだった。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それ以上女の体に近づけない豹一を品子は狂わしくあわれんだが、しかし、豹一は遠くで鳴っている支那そば屋のチャルメラの音に思いがけず母親の想出にそそられて、ゆがんだ顔で品子にあらがった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
ここでも尊氏は、実の親を怨む子を戦野せんやに捕えねばならない破目になっていた。尊氏は、直冬をとらえて、出家を命じようぐらいな考えでいたのだが、叛逆の子は猛って親の軍へさんざんにあらがッた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たってあらがわば容赦はせぬ。どうじゃ、思案せい。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あらがい合い、邪魔をし合う。やれ嬉しい、やれ
軍勢纒ひ附くべくば我にあらがふこと無けむ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
あらがふと、おぞえ吼え立つ。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
お信は暫らく脅えきつた眼を擧げて、平次の顏を眺めて居りましたが、あらがひ兼ねたものか、手箱の中から丈夫な凧絲の、クルクルと卷いたのを出して、平次に手渡したのです。
真の婚約の主題——二人の人間がその余りにも短い一生の間をどれだけお互に幸福にさせ合えるか? あらがいがたい運命の前にしずかに頭を項低うなだれたまま、互に心と心と、身と身とを温め合いながら
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あらがふと、おぞえ吼え立つ。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
それでも権助は、強いてあらがう様子もなく、一度に溜飲りゅういんを下げるとニヤリと人の好い薄笑いを残して、元の庭前へ立ち去りました。平次はその後から娘を助けて跟いて行きながら
彼女は私にあらがおうとしなかった。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
腰繩を打たれた清八は、最早あらがひやうもなく、八五郎に引立てられます。
あらがう猪之松は、馴れた万七の手にたぐり寄せられました。
平次の明察には、一言のあらがひやうもありません。
平次の明察には、一言のあらがいようもありません。