“忙(せ)” の例文
学校の事が忙(せ)わしかったので、諸事万端の整理がつかず、その日その日暮しになって居たので、老師の書信もその儘となって居た。
だんだんこの店も師走いっぱい忙(せ)わしい由なり。煮方の料理番が、私がヨシツネさんにみかんを貰っているのを見て冷かしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
一日を忙(せ)わしく、足は棒のようになりまして、七時に室に帰って参りましても、疲れて起きて居る事が出来ません程で御座います。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
わしを見つけると起き上がって恭々しく頭をさげ、箒を片手に、これは邸の裏手へ向けて忙(せ)わしい足取りでかくれて行った。
面 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
ピエエルは郵便を選(え)り分けた。そしてイソダン郵便局の消印のある一通を忙(せ)わしく選り出して別にした。しかしすぐに開けて読もうともしない。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
例のボーイはさも嬉しそうに、彼等の群へ飛んで行き、その中でも特に人目に付く、立派の顔立の留学生と忙(せ)わしそうに燥焦(はしゃ)いで喋舌(しゃべ)り出した。
広東葱 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山の手では烏瓜の花が薄暮の垣根に咲き揃っていつもの蛾の群はいつものように忙(せ)わしく蜜をせせっているのであった。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
学校では学年末の日課採点に忙(せ)わしく、続いて簡易な試験が始まり、それがすむと、卒業証書授与式(じゅよしき)が行なわれた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
およそこゝの橋より下は永代橋に至るまで小蒸気船の往来絶ゆる暇なく、石炭の烟(けむり)、機関の響、いと勇ましくも忙(せ)はしく、浮世の人を載せ去り載せ来るなり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
加うるに意外の寸隙(すんげき)より凜冽なる寒気と吹雪との侵入烈(はげ)しきを以て、これを防ぐに忙(せ)わしく到底睡眠せんと欲するも能(よ)くすべからず、予は時なお十月初めなれば
Charpentier(シャルパンチエエ) et(エエ) Fasquelle(ファスケル) 版の仮綴(かりとじ)の青表紙である。忙(せ)わしい手は、紙切小刀で切った、ざら附いた、出入りのあるペエジを翻した。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こうして農民が鼓腹撃壤して人生を享楽することが出来るならば、農村は誠に明るい楽しい処となり、哀れな忙(せ)はしい都会なぞには行きたいとも思はないであらう。
吾等の使命 (新字旧仮名) / 石川三四郎(著)
いきなり忙(せ)はしなく立上ると庫裡へ走つて行つて、間も無く茶器を揃へた盆を自分で持ち運んで来た。長い胴を折り曲げるやうな危つかしい調子で房一の前に置くと
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
私は実は今は非常に忙(せ)わしいのですが、しかしいずれその中(うち)にあなたの御依頼のことにも、研究を進めてみましょう。しかしこの間に、私に断りなしに、事を進めてはいけませんぞ。
大平氏の死体は別室に安置され、親戚や知己の人たちが、葬儀の準備に忙(せ)わしかった。兇行のあった部屋は、襖が立てこめてあって、誰も中に入らぬよう、一人の警官が番をして居た。
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
路に梭(をさ)の音(おと)の高く聞ゆる家ありければ眼(まなこ)を転じて見るに、花の如き少女(むすめ)ありて杼(ひ)を用ゆること甚だ忙(せ)はし、わが蓬莱曲の露姫が事を思ひ出でゝなつかしければ、能く其面(おもて)を見んとするに
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そこに駈け付けた仲間の者の数人が担架やトロッコに舁(か)き載せて、忙(せ)わしなく行ったり来たりする炭車の間を縫いながらユックリユックリした足取りで坑口まで運び出して来るのであるが
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あたかも我が国未曾有(みぞう)の家屋を新築するものにして、我輩固(もと)より意見を同じうするのみならず、敢えて発起者中の一部分を以て自ら居(お)る者なれども、満目(まんもく)焔々(えんえん)たる大火の消防に忙(せ)わしくして
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
試験準備で忙(せ)わしい友達の間に何も手につかないでぼんやりしてるのが辛いので、私は筑波山へ旅に出たことがあった。私は淋しいもの哀しい旅をした。筑波山はまっ白い霧に抱かれて黙っていた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
素朴(そぼく)で不器用なモイ族を怠惰(たいだ)な奴隷として、日本の軍隊は忙(せ)はしく酷使してゐた。——ビールを飲みながら、富岡は植物誌を読み出した。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「老師、老師」と東条数馬は、姫とオースチン師を背後にかばい、己(おのれ)正面に立ち向かいながら、こう忙(せ)わしく呼びかけた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
肝心な話の途中でもなんでも一向会釈(えしゃく)なしにいきなり飛込んで来て直ちに忙(せ)わしく旋回運動を始めるのであるが、時には失礼にも来客の頭に顔に衝突し
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
晴れた日には、農家の広場に唐箕(とうみ)が忙(せ)わしく回った。野からは刈り稲を満載(まんさい)した車がいく台となくやって来る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
三ヶ月程前から忙(せ)わしき婦人の病室の方へ参りましたもので、夜になって室に帰りましても、筆を取る勇気もなく過しましたが、二三日前から前に居(お)った病室に帰りましたので
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
患者が手術台に乗りますと、私は大へん忙(せ)わしくなるので御座います。先生も助手の方々も、白いキャップを御かぶりになり、口にも白いマスクをかけて手術に取りかかられるのが例で御座います。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
あの柔かな光で、青い空に、ひとりで光っておる様子を見ると、不風流なものでも一片の詩趣を催すであろう。東京に居ては日々の働きで忙(せ)わしくて、夜は月を見る暇もなしですむのが平生である。
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
玉(たま)の盃(さかずき)底なきが如しなどの語は、今に至るまで人口に膾炙(かいしゃ)する所にして、爾後(じご)武家の世にあっては、戸外兵馬の事に忙(せ)わしくして内を修むるに遑(いとま)なく、下って徳川の治世に儒教大いに興りたれども
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
富岡は忙(せ)はし気に服を着て、風呂敷を小さくまるめてポケットにしまつた。ゆき子は何も彼もが不思議でならない。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
慟哭しながら、「オ——イ! オ——イ!」と、呼んでいる侍女達を介抱しながら、四人の白河戸郷の若者達が、忙(せ)わしく訊ねたのはこのことであった。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昼は忙(せ)わしいのと、夜は疲れますので、つい/\気(き)不調法(ぶちょうほう)にもなりまして、皆様に御無沙汰を申上て居ります。然し夢はなつかしき千歳村の御宅の様子や、また私の母や妹の事など夢みます。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
それにいつも夕暮れの忙(せ)わしい時分を選(えら)んで馬に積んだり車に載せたりして運んで来た。和尚さんは入り口に出て挨拶して、まずさしで、俵から米を抜いて、それを明るい戸外(おもて)に出して調べてみる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
雀だけが忙(せ)わしそうに石油色の道におりて遊んでいる。何処からか、鳩も来ている。栗の花が激しく匂う。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
気が忙(せ)くので足が早まる。だが息切れのしないように、丹田へ力をこめている。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
向井清吉の裁判に忙(せ)はしくもあつたし、弁護士の問題も、富岡が世話をしなければならなかつたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
其間に武士は悠々と忙(せ)かず周章(あわ)てず茶を立て終えて、心静かに飲み下した。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
首から上だけがお釜(かま)をかぶったようないでたち。女給さんがうようよとはいっている。しゃべっている。三助が忙(せ)わしそうに女の肩をぽんぽんと叩いている。滝のあるペンキ絵。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
署長と久五郎と三人の警官、都合五人の同勢が、息忙(せ)き広教寺へ取り詰めた時には、拳龍事(こと)赤井景韶は、疾(とう)に寺から逃げた後で、肝を潰した智拳和尚ばかりが、眼を白黒して立ち騒いでいた。
漁師は漁をし、子供は学校へ行き、百姓は土地をたがやすのに忙(せ)わしいし、造船所の職工は職工で朝から夜まで工場だし、一軒しかない芝居小屋も幾月となく休みだと云うことだ。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)