てっ)” の例文
生命をよく持たんには、素直な、自然の子となるにくはない。家は、闘争のちまたにある。妻子の家も捨てなければそれにてっしえない。
僕はたびたび見たが、ひなやしなっている雌鶏めんどりかたわらに、犬猫いぬねこがゆくと、その時の見幕けんまく、全身の筋肉にめる力はほとんど羽衣はごろもてっして現れる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
中津藩の小士族で他人に侮辱ぶじょく軽蔑けいべつされたその不平不愉快は骨にてっして忘れられないから、今ら他人に屈してお辞儀をするのは禁物である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
……名を求めず、ひたすらに実をささげるという気持ちにてっして、そういう努力を、みんなで払ってもらいたいのである。——
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
夜をてっして、三人の非番警官と、三人の秘書と、自動車運転手とが、手わけをして、各出入り口をかため、あるいは邸内を巡視する手はずでした。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あわただしい年の暮、頼まれた正月着はるぎの仕立に追われて、夜をてっする日々が続いたが、ある夜更け、豹一がふと眼をさますと、スウスウと水洟みずばなをすする音がきこえ
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「三ごく干渉かんしょう遼東りょうとう還附かんぷ以来いらいうら骨髄こつずいてっしているんだ。理窟も糸瓜へちまもあるものか?」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こんな神経衰弱者の強迫観念や憂鬱ゆううつ感は桜にとってただ迷惑でありましょう。しかしそれらはかえって私が桜を多くめでるのあまり桜の美観が私の深処にてっし過ぎての反動かもしれません。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
俊寛 わしのこの、この骨髄こつずいてっするうらみをどうするのだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
きょうの御無念は万々お察しされるものの、大きく、宇宙の輪廻りんねかられば、そもそも、勝つもおごれば亡ぶ日の一歩、敗るるもてっすれば勝つ日の一歩。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿体もったいない、私のような者の子によくもそんな男の子が……と言えば「あなたの肉体ではない、あなたのてっした母性愛が生んだのです」と人々もお前も、なおなお勿体ないことを言ってれる。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
平家がおこなっててっしなかった武家政治に、頼朝は、自分の理想を加え、民衆の力も盛って、施政のうえに、今までなかった新しい方法を見出そうと腐心ふしんしていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に、めぐり合ったような男児と男児とが、心を割って、理想を談じ、現実を直視し、このときに生れ合わせた歓びを語りあいなどすれば、夜をてっしても興は尽きまい。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三人はこの事にさえ出会わなければ、予定どおり、夜をてっして小仏を越えてしまったでしょう。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、家にあれば必ず、四畳半の山紫水明処にこもって、揮毫きごうか、苦吟か、でなければ、二十余年間の心血を傾けてきた厖大ぼうだいな日本外史の草稿の中に埋もれて、その校筆に夜をてっした。
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坊さんがのりの道に。武士が弓矢に。それぞれてっしてゆくように、てまえも徹してみたいと考えると、そこに苦しみが起りました。——今のままじゃあ大した儲けにはならない。世の中を
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうかごを列にはさんで、以下二十人ほどのさむらいがつづいてゆく。難路へかかるたびに出る愚痴ぐちは、夜をてっしてこの悪路を、関の裏街道から休みもなしに押してきた汗とあえぎの悲鳴である。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この家康いえやすめが、織田おだと力をあわせ、北条ほうじょうをそそのかして、武田たけだの家をほろぼしたのか、父母や兄や、一族たちをころしたのか——と思うと、くやし涙は、ほおをぬらして、骨にてっしてくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正成の死は惜しむが、いまでも深く彼の死をいたんでいるが、正成の臣道よりは、自分の臣道のほうが、はるかに、てっしたものとおもっている。朝廷のおためにもよく、世のためだと信じていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右を、左をして、今この時、なにができようぞ。——古来の英雄どももみな、一時の人心を恐れて、禍根かこんを末代にのこして来たが、信長はその根をぬいてみせる。やるからには、てっしてやる。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「平常、何事にも、てっしておやりなさるご気性にも似あわぬことだ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)