己惚うぬぼ)” の例文
良公からお前のことを聞いた時、女なんて到る処で招かずともなびいてくるものと、永い間己惚うぬぼれていた夢が一ぺんにさめてしまった。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
それを、吉岡拳法先生が有名だったから、今の若先生やその弟子も、天下一だと己惚うぬぼれていたら間違いだと俺はいったんだ。いけないか
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平中の腹の底には矢張やはりそう云う風な己惚うぬぼれがあるので、あれ程にされてもなおりず、まだほんとうにはあきらめていなかったのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分だけが国家有用の材だなどと己惚うぬぼれて急がしげに生存上十人前くらいの権利があるかのごとくふるまってもとうてい駄目だめなのです。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
己惚うぬぼれの強さがくじけてしまう。何とも楽なことではないけれども、楽をしようなぞとは思わぬかわりに、ほんの少々のひまがほしい。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「オホホホ。そんなに己惚うぬぼれると失敗するわよ。耻を掻かせるといけないから、今日はおあずけにして、またこの次ぎ見せて頂きましょう」
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
だが、「天邪鬼め!」などと、己惚うぬぼれた悪口はよしたまえ。僕は何も故意に君たちに反対したのではない。僕はいつでも独りだっただけだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
しかし唯その為にのみ蒹葭堂主人を賛美するのは——第一に天下のペエトロンなるものを己惚うぬぼれさせるだけでも有害である!
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一番繁く出入して当人たしか聟君むこぎみ登第とうだいえいを得るつもり己惚うぬぼれてゐるのが、大学の学士で某省の高等官とかを勤める華尾はなを高楠たかくす
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
利巧なやうでもお君は、根が惡人でないから、自分の智惠の逞ましいのに己惚うぬぼれて、妙なところに手落ちのあるものだ
阿Qはまた大層己惚うぬぼれが強く、未荘の人などはてんで彼の眼中にない。ひどいことには二人の「文童ぶんどう」に対しても、一笑の価値さえ認めていなかった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「どうぞ御亭主さんのところへその半分でも書いてやって下さい。私が自賛出来ないし、もししたら『己惚うぬぼれは作家の何よりの敵だよ』ときっと云うわ」
なお、この少年は私を愛していると己惚うぬぼれた。それをこの少年から告白させるのはおもしろいと思ったので、彼女はその翌日、例のごとく並んで歩いた時
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
また、そこもとはおのれ独り粋な妻を持つなりと己惚うぬぼれているやも知れねど、そは馬鹿の独り良がりに候。
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つまり、この男は少し単純であり、またそれと関連して少し己惚うぬぼれが強い、ということは否定できない。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
悧巧りこうを鼻にかけた娘なら、己惚うぬぼれはよしてくださいといわんばかりにつんとするに極っているのだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
東洋の黄色な悲劇的な顔が七分の運と三分の運命に対する己惚うぬぼれをもって、千金を夢みているのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
お前は笑うかも知れないが、闇屋に落ちるには俺は良識や教養があり過ぎる、と俺はその時まで漠然と己惚うぬぼれていたのだ。俺は両手を外套のポケットに突っ込んで立ち止った。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
しかし、不破の関守氏は、土地の関係上、竹中半兵衛に興味をこそ持て、これを研究こそしておれ、自分が半兵衛を以て自ら任ずるほどには己惚うぬぼれていないこともたしかです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そんな野暮やぼったらしいことはしたくない。何とかして、お妙を自分の手一つで物にしようと思うから、お妙が知らん顔をすればするほど、どうも己惚うぬぼれほど恐ろしいものはない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
放つた矢が悉くまとあたつたと想像し、成功だと思つて夢中になつて己惚うぬぼれてゐる——かう云ふことを見てゐるのは、休みなき昂奮と殘忍な我慢の下に同時に置かれることなのだ。
その人が自分免許で万物の長と己惚うぬぼるる縁に付けて猴が獣中の最高位を占めたに過ぎぬが、人も猴も体格の完備した点からいうと遠く猫属すなわち猫や虎豹獅米獅等の輩に及ばぬと論じた。
「おしゃれではないたしなみだ、おれは美女だと己惚うぬぼれるならおやめ。」
はかない自分、はかない制限リミテッドされた頭脳ヘッドで、よくも己惚うぬぼれて、あんな断言が出来たものだ、と斯う思うと、賤しいとも浅猿あさましいとも云いようなく腹が立つ。で、ある時小川町おがわまちを散歩したと思い給え。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「ねルパン君、君は君のやることなら間違いはないと思っているんですね。何という己惚うぬぼれでしょう、君がいろんなことを考えるように、他の者だってやはり考えをめぐらしているんですよ。」
それに抗議するほど、君も、己惚うぬぼれてはゐないだらう
髪の毛と花びら (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
いや、それもひょっとすると己惚うぬぼれかも知れぬ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
泳ぎにかけちゃ、こう見えても、己惚うぬぼれじゃねえが、夏場よくこの河岸筋かしすじで師範している何とか流の先生にもけはとらねえつもりだが
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
市兵衛がかう云ふ話をするうしろには、何時も作者に材料を与へてやると云ふ己惚うぬぼれがひそんでゐる。その己惚れは勿論、よく馬琴のかんにさはつた。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よしや自信と云う程でなく、単なる己惚うぬぼれであってもいいから、「自分は賢い」「自分は美人だ」と思い込むことが、結局その女を美人にさせる。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
長んがいあごと、とぼけた話し振りと、そしてけたはづれた己惚うぬぼれが、どんな相手にも、警戒させずに近づけるのです。
われらの研究と発明と精神事業が畏敬いけいを以て西洋に迎えらるるや否やは、どう己惚うぬぼれても大いなる疑問である。
そう思っても己惚うぬぼれではないだろうって……だからよけいに苦しかったんです、貴方も好いていて下さるし、いしは貴方を死ぬほども好きなのに、……ええそうです
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かねがね娘を引きとって三人暮しをしようと柳吉に迫ったのだが、柳吉はうんと言わなかったのだ。娘のことなどどうでも良い顔で、だからひそかに自分に己惚うぬぼれていたのだった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
古来、これほどに、さながら行成の骨法を現わした文字は無い——と、見る人が見れば驚歎するかもしれないが、お銀様としては、自分で書いた文字に自分で己惚うぬぼれている余裕はない。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「四番首まで討って、天下に怖いものなしと、己惚うぬぼれがこうじておるのじゃよ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「味が変っているといけないと思ってね、はははは……奥さん、僕はこれで己惚うぬぼれが強いから、たいていの事は真に受けますよ。これから冗談はあらかじめ断ってからいうことにしましょう」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いずれにしても、己惚うぬぼれと精神的マスターベーションを捨てること。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
何処どこの誰とも知らぬ者が笄を拾いくれた嬉しさに手を握ったのを、心あっての事と己惚うぬぼれて大事を仕出かしたは、馬鹿気の骨頂たるようだが、妻妾が貴相ありと聞いて謀反したり、鼠が恩を報いるの
己惚うぬぼれではありません、決して決して。
「さ、もう話もないようだから、おれは帰る。もつと素直になれよ、素直に……。相手の区別がつかんようじや困るな。しかし、おれだつて、そう己惚うぬぼれてるだけかも知れない。うるさいようだが、なんでも、役に立つことがあつたら、そう言つて来いよ」
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
「自分はさつきまで、本朝ほんてうに比倫を絶した大作を書くつもりでゐた。が、それもやはり事によると、人並に己惚うぬぼれの一つだつたかも知れない。」
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、まあ自分だけで己惚うぬぼれているのさ。だが、今の話を聞いたからって、こいつあ何も俺が盗み聞きしたわけじゃねえ。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
複雑な問題に対してそう過激の言葉はつつしまなければ悪いが我々の開化の一部分、あるいは大部分はいくら己惚うぬぼれてみても上滑うわすべりと評するより致し方がない。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな馬鹿ばかげたものだったのか? 奴等やつらはみんな虚栄心とおべっかと己惚うぬぼれと、気障きざの集団じゃないか?———
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と言うのは、つまり、自分の寸法がすっかり図に当ったことを己惚うぬぼれている。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
軽部は小柄なわりに顔の造作が大きく、太い眉毛の下にぎょろりと眼が突き出し、分厚い唇の上に鼻がのしかかっていて、まるで文楽人形の赤面みたいだが、彼はそれを雄大な顔と己惚うぬぼれていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「ただの己惚うぬぼれ屋じゃないの、つまらない」
みずぐるま (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「自分はさっきまで、本朝に比倫を絶した大作を書くつもりでいた。が、それもやはり事によると、人なみに己惚うぬぼれの一つだったかも知れない。」
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「だって一国中ことごとく黒ければ、黒い方で己惚うぬぼれはしませんか」と東風君がもっともな質問をかけた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)