山気さんき)” の例文
旧字:山氣
車窓に襲いかかる山気さんきが、次第に濃密の度を加えて来るにつれて、汽車はざッざッと云う音を立てて、静に高原地を登っていった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山気さんきというものの迫り来る憂いは更にないから、どう考えても、ここ十里四方には、山らしい山というものは無いと思わねばなりません。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其の湯気の頼母たのもしいほど、山気さんきは寒く薄いはだとおしたのであつた。午下ひるさがりにふもとから攀上よじのぼつた時は、其の癖あせばんだくらゐだに……
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
山気さんきというか、夜気というか、一種の寒い空気がたちまち水のように流れ込んで、叔父の掛け蒲団の上をひやりとでて行ったかと思う間もなく
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして急にえとした山気さんきのようなものが、ゾッと脊筋せすじに感じる。そのとき人は、その急坂きゅうはんに鼠の姿を見るだろう。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あたりのものかげから冷え冷えと流れて来る山気さんきをかき乱すともないつつましやかさを背に感じながら、落葉の径をそことしもなく辿っていると
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
陽が傾きかけ、山の影が氷河のうえに大きく出てきたと思うと、霧のような冷たい山気さんきが動いて、シャルドンネの峯のあたりが雲の中に隠れてしまった。
白雪姫 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
だが、この山牢のある近い所までくると、さすがに、森厳な冷気と山気さんきがあって、きょうはあきらめようとを折ったので、啓之助は、はじめてホッと安心した。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足柄の山気さんきに深く包まれてほととぎすにも身を変へてまし
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
雨戸あまどけて欄干らんかんからそとると、山気さんきひやゝかなやみつて、はしうへ提灯ちやうちんふたつ、どや/\と人影ひとかげが、みち右左みぎひだりわかれて吹立ふきたてるかぜんでく。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なんのためか、わざわざ神楽かぐらおかのすそを越え、後一条帝の御陵みささぎの裏へ出る——この辺、ふかい竹藪だった。竹の密林を抜けるともう山気さんきのある川が月光をいて里へ走っている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宇津木文之丞は生年二十七、さがふじ定紋じょうもんついた小袖に、たすきあやどり茶宇ちゃうの袴、三尺一寸の赤樫あかがしの木刀に牛皮のつば打ったるを携えて、雪のような白足袋に山気さんきを含んだ軟らかな広場の土を踏む。
山気さんきの凝って鼠色のもやのかかりました一軒家、廂合ひあわいから白昼、時ならぬ月が出たのに仰天した、と、まず御推量が願いたい——いくらか、その心持が……お分りになりましょうかな。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、ひと度ひややかな山気さんきおもてを吹かれると、その疲れも忘れてしまう。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが尋常じんじょうの者なら、悩乱悶絶のうらんもんぜつはむろんのこと、地に着かぬうちに死んでいるべきだが、山気さんきをうけた一種の奇童きどう三歳児みつごのときから果心居士かしんこじにそだてられて、初歩の幻術げんじゅつ浮体ふたい秘法ひほうぐらいは
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山気さんきみどりに滴って、詣ずるものの袖は墨染のようだのに、向った背戸庭せどにわは、一杯の日あたりの、ほかほかとした裏縁の障子の開いた壁際は、留守居かと思う質素な老僧が、小机にむかい、つぐなんで
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山気さんきの中に優しい声して、「お掛けなさいましな。」軒はいわを削れる如く、むね広く柱黒き峯の茶屋に、木の根のくりぬきの火鉢を据えて、たたみ二畳にも余りなん、大熊の皮を敷いた彼方かなたに、出迎えた
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肌は汗だが、山高まるほど、山気さんき冷々ひえびえと毛穴にせまる。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土も、風も、山気さんき、夜とともに身にむと申すに。——
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)