奔湍ほんたん)” の例文
それは、奔湍ほんたん巌をかむ急流の Zwagriツワグリ が、なぜそこまでが激流で、そこからが瀞をなすのか——それを、折竹が謎として考えたからだ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かかる町にイエスは来られ、いわをかんで流れる奔湍ほんたんのそばに下り立ち給うたのです。ああ、はるばるも来たものだ。
英田川あいだがわの上流をなしている奔湍ほんたんは、その脚下、百尺のいわから巌へぶつかって、どうどうと、吠えくるッている。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流水濁らず、奔湍ほんたん腐らず、御心境日々に新たなる事こそ、貴殿の如き芸術家志望の者には望ましく被存候。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
複雑な思想が瞳の奥で奔湍ほんたんのようにきらめき、やがて一束の冷徹な流れとなって平一郎をみつめるのである。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
大森林、大谿谷けいこく奔湍ほんたん、風の音、雨、山をつんざく雷、時雨しぐれ、無心の空の雲、数箇月に渡る雪の世界。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かれは警察にある伯父さんも伯母も母もやせ腕一本で養わねばならぬ大責任を感ずるとともに奔湍ほんたんのごとき勇気がいかなる困難をもうちくだいてやろうと決心させた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
星月夜ほしづきよの光に映る物凄ものすごい影から判断すると古松こしょうらしいその木と、突然一方に聞こえ出した奔湍ほんたんの音とが、久しく都会の中を出なかった津田の心に不時ふじの一転化を与えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから、岸に近いところの水垢が腐つてゐても深いところや、奔湍ほんたんの真ン中へは立派な垢がついてゐるのである。激流の中の垢は、いつも新しくまた質が良いと考へていゝ。
水垢を凝視す (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
此処ここ石滝いしだきといって銀山平第一の勝地である、元来滝とは奔湍ほんたんの意であって瀑布の義がない、ここは奔湍であって瀑布があるのでないから、よく下名したものというべきである
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
苔蒸こけむす欄干らんかんがくれに、けた蔦蔓つたづるめたのが、前途ゆくてさへぎるのに、はし彼方かなたには、大磐石だいばんじやくかれて、急流きうりう奔湍ほんたんと、ひだりよりさつち、みぎよりだうくゞり、真中まんなか狂立くるひたつて
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
聞く、新道の木曾川に沿へるの邊、奇景百出、岩石の奇、奔湍ほんたんの妙、旅客必ずこれを過ぎざるべからずと。いはんや、其路坦々たん/\としての如く、復た舊道の如く嶮峻ならざるに於てをや。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
カリフォルニアの金は奔湍ほんたんとなってアメリカ中に、さらに太平洋のアジア沿岸にあふれ出る。そして頑固な蛮民を世界商業に、文明にひきいれる。世界商業のうえに再度新方向が到来した。
……私はここでは幾つかの滝つ瀬を思い起こすにとどめよう。けれどもこのような奔湍ほんたんは、ベートーヴェンのものの中には到る所にある。それは時には釈き放たれ、時には圧搾されている。
わたしはだいたいこういう景のところであろうとつねから考えていたのである。それは峨々ががたる峭壁しょうへきがあったり岩を奔湍ほんたんがあったりするいわゆる奇勝とか絶景とかの称にあたいする山水ではない。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
五十鈴川の一之瀬から、約十五、六町の渓谷は、あゆすらものぼれないといわれている岩石と奔湍ほんたんである。それから先は、猿か天狗のほかは、行けそうもない断崖だった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石山、松山、雑木山ぞうきやまと数うるいとま行客こうかくに許さざるき流れは、船をってまた奔湍ほんたんに躍り込む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はるか由良川の奔湍ほんたんの中に、流れを噛んで点々と黒く見える岩から岩へ、飛び移りおどり越えて行く浪人の姿が、早瀬の鮎か山燕の如く、あれあれと云う間に向う岸へ見えなくなってしまった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しぶきをあげ、渦巻いている奔湍ほんたんもある。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)