口誦くちずさ)” の例文
そのためか、それとも、他の動機からか、彼れはへやの中を行つたり来たりしつつ、ひとりで次の如き古風な音調を口誦くちずさんだ——
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
いやその化物屋敷のような物凄い光景は、正視せいしするのが恐ろしく、思わず眼を閉じて、日頃となえたこともなかったお念仏ねんぶつ口誦くちずさんだほどでした
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
結論として大きな疑問を一つ残したけれども、クリヴォフ夫人の口誦くちずさむような静かな声は、かたわらの二人に悪夢のようなものを掴ませてしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こんな詩を口誦くちずさんで聞かせます。角の柳光亭の楼上ろうじょう、楼下は雛壇ひなだんのような綺羅きらびやかさを軒提灯の下に映し出しています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
燃えて行った夏、燃えて行った夏……彼は晩夏のうっとりとした光線にみとれて、口誦くちずさんだ。夏はまだいたるところに美しく燃えたぎっているようであった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
阿国おくに歌舞伎でおぼえた小歌を口誦くちずさみながら、朱実あけみは、家の裏へ下りて、高瀬川の水へ、洗濯物あらいものの布を投げていた。布を手繰たぐると、落花はなの渦も一緒に寄って来た。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この日、橘はこれが彼の好みらしかったが、制服の上にインバネスという変な格好で、車室の隅に深々と身を沈め、絶えずポオのレーヴンか何かを口誦くちずさんでいた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、とのさまはいま二合にがふで、大分だいぶ御機嫌ごきげん。ストンと、いや、ゆか柔軟やはらかいから、ストンでない、スポンとて、肱枕ひぢまくらで、阪地到來はんちたうらい芳酒うまざけゑひだけに、地唄ぢうたとやらを口誦くちずさむ。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから毎日のように口誦くちずさんでは、そのあとで沈思しているのである。
そして、ある詩の一句を口誦くちずさみながら、ひたすら幻想の悦楽に浸っていたのである——それは、眼前の渚に遊ぶ一個の人魚を見たからであった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
娘は死んだ、娘はしばらく病の床に伏していたが死期を知ると、しずかに慧鶴の名を口誦くちずさみ、頬に微笑のかげさえ浮べながら、そのまま他界の人となった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
労働歌が絃歌になり、蜂須賀侯のような大名までが、夜興やきょう口誦くちずさみにたわむれたものとみえる。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たしなみがあったら、何とか石橋しゃっきょうでも口誦くちずさんだであろう、途中、目の下に細く白浪の糸を乱して崖に添って橋を架けた処がある、その崖には滝がかかって橋の下は淵になった所がある
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口誦くちずさんで、法水はその一場の心理劇を、噛みしめるように玩味していたが、やがて、意味ありげな言葉を犬射に云った。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
えゝ、まゝよと思いますと、すぐその思いの下から、まゝよ三度笠横ちょに冠り破れかぶれの三度笠という小唄が口誦くちずさまれて来ます乞食の気散じな身の上。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
橋廊下と廻廊の角の柱にもたれかかって、義元は、扇で手拍子てびょうしをとりながら京謡きょううた低声こごえ口誦くちずさんでいた。女かと疑われるほど、色白に見えるのは、薄化粧をしているからであろう。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口誦くちずさむように独言ひとりごとの、膝栗毛ひざくりげ五編の上の読初め、霜月十日あまりの初夜。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「父よ、われも人の子なり——」と法水は、その一行の羅甸ラテン文字を邦訳して口誦くちずさんだが、異様な発見はなおも続けられた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
十一月も末だったので主人は東京を出がけに、こんな句を口誦くちずさんだ。それは何ですと私が訊くと
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
数年まえに彼が述懐じゅっかいした歌である。いま、それを心の奥に口誦くちずさむ。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ろうたく口誦くちずさみながら、なかば渡ると、白木しらききざはしのあるところ
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、彼が恐怖の色をうか口誦くちずさんだところの、ウイチグス呪法典という一語のみは、さながら夢の中で見る白い花のように、いつまでもジインと網膜の上にとどまっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わたくしは池上が憧憬してとき/″\口誦くちずさみ、その癖、自分の気持は全然それに当嵌あてはめ切れなかった芭蕉の「野ざらし紀行」の書き出しの文句の耳についてるのを、ふと思い出しまして
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と小父者、出た処で、けろりとしてまた口誦くちずさんで
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口誦くちずさむ歌にも、ひとりで末の夢を楽しんでいた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
純情な恋の小唄こうたを好んで口誦くちずさむ青年子女にいてみると恋愛なんか可笑おかしくって出来できないと言う。家庭に退屈した若い良人おっとが、ダンス場やカフェ這入はいりを定期的にして、しかもそれに満足もしない。
義元は、口誦くちずさみを止めて
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)