兵燹へいせん)” の例文
どうかしなければならない。——神の力でも、仏の力でも駄目だ、兵燹へいせんは、神をも、仏をも、焼いてしまったではないか。——人の世を
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵燹へいせんのために焼かれた村落の路には、いしずえらしい石が草の中に散らばり、片側が焦げて片側だけ生きているような立木が、そのあたりに点在して
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「慶喜の生命いのちは助けなければならない。江戸を兵燹へいせんから守らなければならない。好い策はないか。よい策はないか」
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
兵燹へいせんという文字が頭に浮んだ。また江戸以前のこの辺の景色も想像されるのであった。電線がかたまりこんがらがって道を塞ぎ焼けた電車の骸骨が立往生していた。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
地ハ三陸二羽ノ咽喉いんこうヲ占メ、百貨輻湊ふくそうシ、東京以北ノ一都会タリ。昨春兵燹へいせんニ係リ闔駅蕩然こうえきとうぜんタリ。今往往土木ヲ興ス。然レドモイマダク前日ノ三分ノ二ニ復セズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
西洋のいへ甎石せんせきを以て築き起すから、たとひ天災兵燹へいせんけみしても、崩壊して痕跡を留めざるに至ることは無い。それゆゑ碩学鴻儒の故居には往々銅牓どうばうかんしてこれを標する。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
石級のコリゼエオに似たるありて、幸に兵燹へいせんを免れ、人をして小羅馬に入る感あらしむ。
せにしものはここ見出みだされ、求むるものはここに備はり、家兵燹へいせんに焼かるる憂なく、愛するつまを戦場に死せしめず、和楽の和雅音わげおん大空に棚引いたり。如何に人々、今こそ波羅葦増雲近づけり。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
起たずや、敵の兵燹へいせんに都城の亡び燒くる前
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
兵燹へいせんのがれて山の月のいお
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いまや、その巣窟そうくつの上に、裁決の日は来た。一山の僧房や伽藍がらんは、わずか伝法院でんぽういんの一宇を残したきりで、炎々たる兵燹へいせんかかった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵を発して少林寺を焼く、蔡徳忠さいとくちゅう方大洪ほうたいこう馬超興ばちょうこう胡徳帝ことくてい李式開りしきかいの五人の僧、兵燹へいせんをのがれて諸国を流浪し同志を語らい復讐に努む。すなわち清朝を仆さんとするなり。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大阪兵燹へいせん余焔よえんが城内の篝火かがりびと共にやみてらし、番場ばんばの原には避難した病人産婦の呻吟しんぎんを聞く二月十九日の夜、平野郷ひらのがうのとある森蔭もりかげからだを寄せ合つて寒さをしのいでゐる四人があつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
斯くしてアカイア水陣は凄き兵燹へいせん免れぬ。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
倉廩そうりんを封じて、兵燹へいせんから救われたことは、まさに天道のよみすところである。曹操は、そのお志に対し、足下を鎮南将軍に封じるであろう」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸は本丸西丸の、両丸に兵燹へいせんを掛けねばならぬ。機を見て城中へ兵を進め新将軍を奪取する。又京都は二条の城及び内裏へも火を放ち、勿体至極もないことながら、帝の遷幸を
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
博多画瓢坊ぐわへうばうの説に、明応七年兵燹へいせんにかかりて枯しを社僧祠官等歌よみて奉りたれば再び栄生せりといへり。其後天正の兵燹にもやけしこと幽斎紀行に見ゆ。左に一株の松あり。みな柵を以て囲む。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
中国の地を兵燹へいせんから助け、大きくは、主人のご心念をやすんじ奉るものと思うのほか、何ものもないことを、神明に誓って申しあげておきます
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
征討大総督有栖川宮ありすがわのみやは西郷隆盛を参謀として東山北陸東海の、三道に分れて押し寄せて来る。二百数十年泰平を誇ったさすが繁華な大江戸も兵燹へいせんにかかって焼土となるのもここしばらくの間となった。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが小説中の五月は旧暦で、また元弘三年は閏年うるうどしだったから、鎌倉滅亡の兵燹へいせんは七月の季感にあったと思えばいい。まったく炎暑の陣だった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり兵燹へいせんに焼かれたのである。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふりむくと、木ノもと雄山和尚ゆうざんおしょうが、そこにたたずんでいた。彼の浄信寺じょうしんじというのが先頃の兵燹へいせんに会ったため、小谷の城中へ来て共に籠城していた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉のまえに、もろかったのは、かれらが結束を欠いていることにもよるが、そのため、根来にじゅんぜず、高野一山は、兵燹へいせんと、流血をまぬがれた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなはかな痴人ちじんの夢を、この地上に描くため、おびただしい血と兵燹へいせんもてあそぶものではない。——信長は信長のためにいくさはせぬ。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵燹へいせんの黒煙みなぎる空を見ては、彼とて老父の身辺や、妻子の身を想わずにいられなかった。そしてそこにある家の子郎党たちの苦戦を思いやった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵燹へいせんで、半焼けになったまま、建ち腐れになっているおおきな伽藍がらんである。そこの山門へ駈けこんで雨宿りをしていた砂金売かねう吉次きちじは、そっと首を出してみた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの兵燹へいせんにめぐり会い、思わず足をとめているうち、軍勢をひきいて、あなた様にも、鎌倉をお発向たちむきと聞き、再度のお目どおりを楽しみに、お待ち申していたわけで
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
国家の治乱興亡の灰燼かいじんは、そのまま京都の土であった。国乱のあるたび、京都は兵燹へいせんに見舞われた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ここに大奸曹操を一朝にして殺す妙策があります。しかも兵馬を用いず、庶民に兵燹へいせんの苦しみも及ぼさずに行えることですから、わたくしにお任せおき下さるまいか」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
粟田口あわたぐち青蓮院しょうれんいんについたころは、すでにとっぷりと暮れたよいの闇だった。ここばかりは、兵燹へいせんわざわいもうけず、世俗の変遷にも塗られず、昔ながらに、せきとしていたので二人は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちにあの元亀二年の兵燹へいせんで、かくの如くみな焦土しょうどとなってしもうた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あんなにまで徹底的な兵燹へいせんにあっていなかったら、そして北条文化ともよべるかたちのものを、せめて平家遺跡の一端ほども遺していてくれたら、太平記そのものの読まれ方も、もっと実証的に
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二、三箇所に火災は起ったが、これも兵燹へいせんではなく、狼狽した市民の過失火とわかっており、むしろこの大きなかがりをもって、城兵の奇襲を監視する便となすように、終夜、燃えるに委せてあった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵燹へいせんのけむりは叡山えいざんだけに濃かったのではない。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)