一通ひととおり)” の例文
医者は神経衰弱だというそうですが、不眠性にかかって、三日も四日も、七日なぬかばかり一目もおやすみなさらない事がある。悩みが一通ひととおりじゃない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其処そこ平常いつもの通り弁当持たせて磯吉を出してやり、自分も飯を食べて一通ひととおり片附たところでバケツを持って木戸を開けた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
仏蘭西の文芸書類も一通ひととおりは揃って居ました。私がツルゲネフの仏訳「猟人日記」を始めて読んだのは確か第六通の仏人の家に間借りをして居た時でした。
亜米利加の思出 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「うん。一通ひととおりわからぬこともないが、これでは平井の気には入るまい。足下そっかは気がかないのだ。」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
信一郎は、死んだ青年に対する責任感からも、の謎を一通ひととおりは解かねばならぬと思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一、上野介殿御屋敷へ押込おしこみはたらきの儀、功の浅深せんしんこれあるべからず候。上野介殿しるしあげ候者も、警固けいご一通ひととおりの者も同前たるべく候。しかれ組合くみあわせ働役はたらきやくこのみ申すまじく候。もっとも先後のあらそい致すべからず候。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
十日の間も、少しも気附かれる事なしに、毎日何回となく、屋根裏を這い廻っていた彼の苦心は、一通ひととおりではありません。綿密なる注意、そんなありふれた言葉では、とても云い現せない様なものでした。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すべて滝太郎の立居挙動ふるまいに心を留めて、人が爪弾つまはじきをするのを、独り遮ってめちぎっていたが、滝ちゃん滝ちゃんといって可愛がること一通ひととおりでなかった処。……
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
れば漢文欧文そのいづれかを知らざれば世にたちがたし。両方とも出来れば虎につばさあるが如し。国文はさして要なけれどもしこれを知らんとせばやはり漢文一通ひととおりの知識必要なり。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
医師は直ぐその場の事情をみ込んだように、勝平の身体に手をやって、一通ひととおりあらためた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
堺の軍監府から外国事務係へ報告に往った生駒静次は、口上を一通ひととおり聞き取られただけである。次いで外国事務係は堺にある軍監又は隊長の内一名出頭するようにと達した。杉が出頭した。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
数寄屋町の御神燈の下をくぐる事、毎夜あたかもつばめのごとしで、殊にこの大和家には、蝶吉という、野郎首ッたけの女が居るから、その取入ること一通ひととおりではなく
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
果は押問答の末無法にも力づくにて金子をうばい取らむと致候間、つかみ合の喧嘩けんかに相なり候処、愚僧はとにかく十五歳までは武術の稽古けいこ一通ひととおりは致候者なれば、遂に得念を下に引据ひきすゑ申候。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
枳園だけは病家へかなくてはならぬ職業なので、衣類も一通ひととおり持っていたが、家族は身に着けたものしか持っていなかった。枳園の妻かつの事を、五百いおがあれでは素裸すはだかといってもいといった位である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一通ひととおりの声ではない。さっきから口が利けないで、あのふくれた腹に一杯固くなるほど詰め込み詰め込みしておいた声を、紙鉄砲ぶつようにはじきだしたものらしい。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先の出ようで此方こっちもそれ相応に一通ひととおりは量見をめてかからねばならぬ……。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
むかし読本よみほんのいわゆる(名詮自称みょうせんじしょう。)に似た。この人、日本橋につまを取って、表看板の諸芸一通ひととおり恥かしからず心得た中にも、下方したかたに妙を得て、就中なかんずく、笛は名誉の名取であるから。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一通ひととおり遊泳術の免許を取ってしまったのちは全く教師の監督を離れるので
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
よいかの、十四の年からこの年まで、四五六七八と五年の間、寝るにもおきるにも附添うて、しんせつにお教えなすった、その先生様のたんせいというものは、一通ひととおりの事ではなかったとの。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいえ、お前さん、何だか一通ひととおりじゃあないようだ、人殺ひとごろしもしかねない様子じゃあないか。」さすがの姉御あねご洞中ほらなかやみに処して轟々ごうごうたる音のすさまじさに、奥へ導かれるのを逡巡しりごみして言ったが
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああ遣って印をして、それを目的めあてにまた、同好の士な、手下どもを遣わす、巡査、探偵などという奴が、その喜ぶこと一通ひととおりでないぞ。中には夜行をするのに、あの印ばかりねらいおる奴がある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一通ひととおり婦人おんなには真似てもみられぬ色気無しの悪口雑言。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これが並一通ひととおりのことじゃアありませんや。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)