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せうこう
語句 | 割合 |
昭矦 | 25.0% |
召公 | 25.0% |
小孔 | 25.0% |
椒江 | 25.0% |
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申不害は
(三九)京人也。
故鄭の
賤臣なり。
(四〇)術を
學び、
以て
(四一)韓の
昭矦に
干む。
昭矦用て
相と
爲し、
内、
政教を
修め、
外、
諸矦に
應ずること十五
年、
申子の
身を
終るまで、
國治まり
兵彊く、
韓を
侵す
者無かりき。
申子の
學は、
(四二)黄老に
本づき、
(四三)刑名を
主とせり。
(二七)桓公實は
少姫を
怒つて、
南のかた
蔡を
襲ふ。
管仲因つて
楚を
伐ち、
(二八)包茅の・
周室に
入貢せざるを
責む。
桓公實は
北のかた
山戎を
征す、
而して
管仲因つて
燕をして
召公の
政を
修めしむ。
余の
發見したのは
此三
種の
例外で、
突起の
無いのである。
其代り、
兩端に
二箇宛の
小孔が
穿つてある。
紐に
類した
物を
通して、それを
抓む
樣にしたのかも
知れぬ。
時は
冬の
初で、
霜が
少し
降つてゐる。
椒江の
支流で、
始豐溪と
云ふ
川の
左岸を
迂囘しつつ
北へ
進んで
行く。
初め
陰つてゐた
空がやうやう
晴れて、
蒼白い
日が
岸の
紅葉を
照してゐる。