“さいし”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:サイシ
語句割合
妻子29.7%
祭祀23.4%
才子17.2%
釵子7.8%
崔氏3.1%
祭司3.1%
崔子1.6%
再視1.6%
彩糸1.6%
採柿1.6%
政司1.6%
最始1.6%
柴氏1.6%
猜視1.6%
砕澌1.6%
蔡氏1.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
『はゝゝゝゝ。君(きみ)はまだ私(わたくし)の妻子(さいし)を御存(ごぞん)じなかつたのでしたね。これは失敬(しつけい)々々。』と急(いそが)はしく呼鈴(よびりん)を鳴(な)らして、入(いり)來(きた)つた小間使(こまづかひ)に
それを祭祀(さいし)と祈願との力によって、国王世の主に進献せしめようとするのが、すべての公の行事の最初からの目的であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その遺子宗虎丸が親の敵を討つといふ筋。大切(おほぎり)は『花競(はなくらべ)八才子(さいし)』五人男に三人多いのが、銘々(めい/\)自作のツラネで文学上の気焔を吐(は)かうといふ趣向。
硯友社と文士劇 (新字旧仮名) / 江見水蔭(著)
ただ、現(うつつ)と異ったは、日頃つややかな黒髪が、朦朧と煙(けぶ)った中に、黄金(こがね)の釵子(さいし)が怪しげな光を放って居っただけじゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
始めは清河(せいか)の崔氏(さいし)の女(むすめ)と一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうして明(あく)る年、進士(しんし)の試験に及第して、渭南(いなん)の尉(い)になりました。
黄粱夢 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
逾越(すぎこし)と云へる「種(たね)入れぬ麺包(パン)の祭(まつり)」近づけり。祭司(さいし)の長(をさ)学者たち、如何(いか)にしてかイエスを殺さんと窺(うかが)ふ。但(ただ)民を畏(おそ)れたり。偖(さて)悪魔十二の中(うち)のイスカリオテと称(とな)ふるユダに憑(つ)きぬ。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ところが、他の国に行って見ると、そこの大夫もよろしくないので、『ここにも崔子(さいし)と同様の大夫がいる。』
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
崔子(さいし)が斉の荘公(そうこう)を弑したときに、陳文子(ちんぶんし)は馬十乗もあるほどの大財産を捨てて国を去りました。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それは形容を絶したところの、醜い形を持っていて、再視(さいし)することさえ出来なかった。男性に則(のっと)った柱なのである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
実物を手に入れた事がないから分析的な内容は判然しないが、強いアルカリ性のものである事は間違いないようである。すなわちこの毒を検するに彩糸(さいし)を以てす。黒糸(こくし)を黄化す、青糸(せいし)を赤変す。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
途中泊まったのは蔦屋(つたや)という狩野家の従来の定宿であったが、余儀ない亭主の依頼によってほんの席画の心持ちで融川は布へ筆を揮(ふる)った。童子(どうじ)採柿(さいし)の図柄である。雄渾の筆法閑素の構図。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
政司(さいし)の宿禰は立ち上ると剣を抜いて、長羅の前に出た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼は従来の疎隔(そかく)を謝し、自愛を勧め、握手して別れた。これが最始(さいし)の接近で、また最後の面会であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
ところで、帝位(くらい)を譲った柴氏(さいし)の先祖へは、以後の朝廷から、丹書鉄券(おすみつき)が下賜された。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしながら、邦人自ら知らずして他よりかくの如く猜視(さいし)され、かくの如き色眼鏡を以て注目されおる事は、吾人にとりて甚だ危険である。これ吾人の大いに戒心を要する点であると信ずる。
列強環視の中心に在る日本 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
暁井(げうせい) 残月を斟(く)み、寒炉(かんろ) 砕澌(さいし)を釈(お)く。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御身もよく知っておられるとおり、自分は荊州の世継ぎと生れてはいるが、継母(はは)の蔡氏(さいし)には、劉琮(りゅうそう)があるので、つねにわしをころして琮を跡目(あとめ)に立てようとしている。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)