面憎つらにく)” の例文
しかし、片腕ながら、大勢を相手にひるまぬところは面憎つらにくき奴、ここから遠矢にかけて射て落し、大勢の難儀を救うてやりたいものじゃ
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女房の縁につながりて、姉と立つれば附け上り、やゝもすれば我をかろしむる面憎つらにくさ。仕儀によつては姉とは云はさぬ。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
そういう気ままな生活をもう一月もつづけているN君に対して、あわただしい旅にあるわたくしは何となき一種の面憎つらにくさを感ぜずにはいられなかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
賢造はとうとうにがい顔をして、ほうり出すようにこう云った。洋一も姉の剛情ごうじょうなのが、さすがに少し面憎つらにくくもなった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、瑠璃子の夫としては、何と云う不倫ふりんな、不似合な配偶だろう。金のために旧知を売った木下にさえ、荘田の思い上った暴虐ぼうぎゃくが、不快に面憎つらにくく感ぜられた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
春部はこれまでいつも面憎つらにくいほど取澄とりすましていたが、このときばかりは若い女子動員のように騒ぎ立てた。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
目も向けられないような濃い雪の群れは、波を追ったり波からのがれたり、さながら風の怒りをいどむ小悪魔のように、面憎つらにくく舞いながら右往左往に飛びはねる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もし加害者が某検校にあらずして某女師匠であったとすれば器量自慢までが面憎つらにくかったに違いないから彼女の美貌を破壊はかいし去ることに一層の快味を覚えたであろう。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
面憎つらにくげに罵り棄てると、この上の応対も面倒と言わぬばかりに、ピタリ物見の窓をしめ切りました。
するとそばにゐたEが、それを面憎つらにくく感じたのであらう。突然私に向つて、こんな事を云ひ出した。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
彼はその時一男をひきずり倒してなぐりつけたい程じりじりすると同時に、また一方では、その面憎つらにくいまで落ちつきはらったきもたまの太さに、思うさま拍手を送りたくなったのだった。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
そもそも、あいつが自分を見るたびに、いかにもまことしやかに、やれ真人間になれの、発奮しろの、手を取り合って世の中へ出ようのと、いう口吻こうふんからして、思えば面憎つらにくい限りである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし一方若侍どもは悠々せまらざる葉之助の態度を面憎つらにくいものに思い出した。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「憎い奴だ、君のやうな面憎つらにくい男は無い。今度こそ今度こそとは思ふが、別れて見れば寂しい、何しても別れる事が出来ぬ。君とは全く腐れ縁と云ふんだらうね。」とう云ふのも見え透いてる。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
言黒いひくろめたる邪魔立を満枝は面憎つらにくがりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
なんという面憎つらにくい……!
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
七兵衛は、徳間とくまの山奥で砂金取りをしていたこの少年を見出だして以来、そのこましゃくれた面憎つらにくい言い分に、いつも言いまくられる癖がある。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その高慢が少し面憎つらにくく思われたのか、それとも別に思惑があったのか、磯貝はきっと相違ないかと念を押すと、六兵衛はきっと受合うと強情に答えた。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかしトルストイはその間でも、不相変あひかはらず浮かない顔をしたなり、滅多に口も開かなかつた。それが始終トウルゲネフには、面憎つらにくくもあれば無気味でもあつた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「彼女と絶交しているのは辛抱しきれない。何か言い出すかと待っているが向こうは平気である。面憎つらにくい。今夜は絶交するともしないともきっぱりきめたい」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
さかさにはりに釣り下げられているくせに、「いまに日本国中の人間どもが泣面なきつらをかくぞ、ざまア見やがれ」と大きなことをいっているのは、怪盗とはいえ、なんと面憎つらにくいことではないか。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
良兼は、何か、彼女の行為が、非常に面憎つらにくい気がした。——彼はなお今でも思いこんでいる。かつて、自分の愛妾玉虫が姿をかくしたのは、将門が盗んだものとしているあのときの感情だ。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「済まなかった」と云う一言を夫の前で云ってくれるとよいのであるが、こう云う時に気が付いていても決してそれを云わない人であることを思うと、又しても面憎つらにくくなって来るのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
にわかに乗物の鼻を抑えたことさえあるに、まだ小二才の身分で、山崎譲に向って、ちっとも譲らぬ談判ぶりが、面憎つらにくくてたまらないのでありました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
田口一等卒は苦笑くしょうした。それを見るとどう云うわけか、堀尾一等卒の心のうちには、何かに済まない気が起った。と同時に相手の苦笑が、面憎つらにくいような心もちにもなった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春彦 その気質を知ればこそ、日ごろ堪忍していれど、あまりと言えばことばが過ぐる。女房の縁につながりて、姉と立つればつけ上り、ややもすればわれを軽しむる面憎つらにくさ。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あな、面憎つらにくや。天下、人もなげなる大言を、ざきおる奴」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
面憎つらにくいことは、この時分になって雨のんだ空の一角が破れて、幾日いくかの月か知らないけれども月の光がそこから洩れて、強盗提灯がんどうぢょうちんほどに水のおもてを照らしていることであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これらの幾千の人びとはいずれも額に汗をにじませながら、白く灼けている空を不安らしく眺めていたが、空は面憎つらにくいほど鎮まり返って、鳥一羽の飛ぶ影すらも見えなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やりたい文学もやらせずに、勉強ばかり強いるこの頃の父が、急に面憎つらにくくなったのだった。その上兄が大学生になると云う事は、弟が勉強すると云う事と、何も関係などはありはしない。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こっちにも落度おちどがあるとはいうものの竜之助の仕打しうちがあまりに面憎つらにくく思えるから、血気の連中の立ちかかるのをあえて止めなかったから、勢込んでバラバラと竜之助に飛びかかる。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なかには市五郎がテラを取ったり頭をねたり、自分ばかり甘い汁を吸って、こちとらにはケチで、そのくせ、いやに大物おおものぶっているのを面憎つらにくがっているのもあるのですから
なにかと面憎つらにくい薩摩屋敷へ、仕返しに行くのではない、見届けに行くのだ。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)