“錯(あやま)” の例文
頭ごしにうしろに石を投げて、それがどこに落ちるかを見ようとしない、錯(あやま)れる託宣への盲目的な服従についてはこれ以上述べまい。
初から、後になって知られた如き成果を予想し、それを実現せんとする一定の目的を以て行動した如く錯(あやま)り認められるのが、常である。
歴史の矛盾性 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
文書を読むに慣れぬしろうとのわたくしであるから、錯(あやま)り読み錯り解するかも知れぬが、若しそんな事があつたら、識者の是正を仰ぎたい。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ひろく万国の歴史を読み、治乱興廃の事跡を明らかにし、此彼(しひ)相比較せざれば、一方に偏するの弊を生じ、事にあたりて所置を錯(あやま)ること多し。
猪八戒前生天蓬元帥たり。王母瑶池(ようち)の会、酔いに任せて嫦娥(じょうが)に戯れし罰に下界へ追われ、錯(あやま)って猪の腹より生まれたという。
僕はこのコクトオの言葉の新時代の芸術家たちに方向を錯(あやま)らせることを惧(おそ)れてゐる。あらゆる芸術上の傑作は「二二が四」に終つてゐるかも知れない。
われおもふに、君は男の身を錯(あやま)り射給ひしのみにあらず、女の心をも亦錯り射給ひしなり。雌雄(めを)は今雙(なら)び飛ぶべし。君は唯だこゝに在(いま)せ。自由なる快活なる生計(たつき)なり。
翌日(よくじつ)、雨(あめ)の晴間(はれま)を海(うみ)に行(ゆ)く、箱根(はこね)のあなたに、砂道(すなみち)を横切(よこぎ)りて、用水(ようすゐ)のちよろ/\と蟹(かに)の渡(わた)る處(ところ)あり。雨(あめ)に嵩増(かさま)し流(なが)れたるを、平家(へいけ)の落人(おちうど)悽(すさま)じき瀑(たき)と錯(あやま)りけるなり。因(よ)りて名(な)づく、又(また)夜雨(よさめ)の瀧(たき)。
逗子だより (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ここに舊辭の誤り忤(たが)へるを惜しみ、先紀の謬(あやま)り錯(あやま)れるを正さまくして、和銅四年三九月十八日を以ちて、臣安萬侶に詔して、稗田の阿禮が誦める勅語の舊辭を撰録して、獻上せよと宣りたまへば
酔うて錯(あやま)り斬る鄭賢弟(ていけんてい)。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
錯(あやま)ち怒(いか)ることあつて
不可能 (旧字旧仮名) / エミール・ヴェルハーレン(著)
世間では其論策の内容を錯(あやま)り伝へて、廃帝を議したなどゝ云つたり、又洋夷と密約して、基督(きりすと)教を公許しようとしてゐるなどゝ云つたりした。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
陳宮先に錯(あやま)って殺したは是非もないが、今また何で呂伯奢を殺したかと問うと、操人家に還って妻子の殺されたを見てそのままに置くべきかと答う。
たしかに、すべての点において単純な生活をする国民——哲学者たちである国民は、動物の労働を使用するなどという大きな錯(あやま)ちを犯さないであろう。
森田にして錯(あやま)らざる限は、里恵は山陽が眼鏡を著けて政記を刪定し、筆を閣(さしお)き、眼鏡をば脱せずして逝いたと云ふことを否認してゐたやうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
到処今昔の感に堪へぬのであつた。旧牛医(きうぎうい)は嘗て牛医と錯(あやま)り認められたことがあつたのを謂ふ。此間江戸にある蘭軒は病のため引込保養をしてゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
家に歸つてから、手近い書に就いて谷中の寺を撿したが、長運寺の名は容易(たやす)く見附けられなかつた。そこでわたくしは錯(あやま)り聞いたかも知れぬと思つた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
同じく連坐せられた十津川の士上平(うへひら)(一に錯(あやま)つて下平に作る)主税(ちから)は新島に流され、これも還ることを得た。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしこれは何事をも鋭く看破する末造の目が、笑止にも愛する女の精神状態を錯(あやま)り認めているのである。
雁 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
面当てをしよう、思い知らせようと云うような心持が、ゆうべから始終幾分かこの感じに交っていたが、今明るい昼の光の中で考えて見ると、それは慥(たし)かに錯(あやま)っている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さればと云って、読者がもし予を以て文壇に対して耳を掩(おお)い目を閉じているものとなしたならば、それは大(おおい)に錯(あやま)って居るのであろう。予は新聞雑誌も読む。新刊書も読む。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これは大(おほい)に錯(あやま)つてゐる。伊達綱宗は万治(まんぢ)元年に歿した父忠宗(たゞむね)の跡(あと)を継いだ。踰(こ)えて三年二月朔(ついたち)に小石川の堀浚(ほりざらへ)を幕府から命ぜられ、三月に仙台から江戸へ出て、工事を起した。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
壽哉は或はしうさいなどと訓(よ)ませてゐたので、すゐさいと聞き錯(あやま)られたかも知れない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
そこで初め君との間に保留して置いた距離が次第に短縮するのを、私は妨げようとはしなかった。私の鑑識は或は錯(あやま)っていたかも知れない。しかし私は今でも君に欺かれたとは信ぜない。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)