蹴込けこみ)” の例文
御車は無紋の黒塗、海老染えびぞめ模様の厚毛布あつげっとを掛けて、蹴込けこみにはの毛皮を敷き、五人の車夫は大縫紋の半被はっぴを着まして、前後にしたがいました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青山へて見ると、玄関にくるまが二台程あつた。供待ともまちの車夫は蹴込けこみかゝつて眠つた儘、代助の通り過ぎるのを知らなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ここに引着けた腕車くるまが一台。蹴込けこみに腰を掛けて待っていた車夫、我があるじきたれりと見て、立直り、急いで美しい母衣ほろねる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
有松氏は俥の蹴込けこみに片足をかけた。その瞬間俥のすぐ前を雌狗が一匹通りかゝつた。先曳の狗はそれを見ると、後藤内相のやうに猛然とち上つた。
途中において護送者が男は陰嚢いんのう女はちちうって即死せしめ、死骸を路傍の穴へ蹴込けこみて、落着らくちゃくせしむる事あり、ある時亭主殺しの疑いある女にて、繋獄けいごく三年に及ぶも証拠あがらずさればとて追放にもなし難く
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
一人は蹴込けこみに腰をえて、膝かけを頭からかぶって黙って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ギックリやりますし、その方は蝦蟇口がまぐちを口に、忍術の一巻ですって、蹴込けこみしゃがんで、頭までかくした赤毛布あかげつとを段々に、仁木弾正にっきだんじよう糶上せりあがった処を
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狩野氏はそれまで両脚を蹴込けこみに突張つたまま、じつと眼をつむつて、頭のなかで孟子と議論をしてゐたが、不意に俥がとまつたので、吃驚びつくりして眼をあけた。
供待ともまちの車夫は蹴込けこみり懸って眠ったまま、代助の通り過ぎるのを知らなかった。座敷には梅子が新聞をひざの上へ乗せて、込み入った庭の緑をぼんやり眺めていた。これもぽかんと眠むそうであった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
出る、ともう、そこらでふくろうの声がする。寂寥しんとした森の下を、墓所に附いて、薄暮合いに蹴込けこみ真赤まっかで、晃々きらきら輪が高く廻った、と思うと、早や坂だ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蹴込けこみ片足かたあしけてつてたのでは、おほいに、いや、すくなくとも湯治客たうぢきやく體面たいめんそこなふから、其處そこで、停車場ていしやぢやう出口でぐちさくはうひらいて、悠然いうぜんつたのである。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
辻俥つじぐるま蹴込けこみへ、ドンと積んで、山塞さんさいの中坂を乗下ろし、三崎ちょうの原を切って、水道橋から壱岐殿坂いきどのざかへ、ありゃありゃと、俥夫くるまやと矢声を合わせ、切通きりどおしあたりになると、社中随一のハイカラで
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玉簾たますだれなかもれでたらんばかりのをんなおもかげかほいろしろきもきぬこのみも、紫陽花あぢさゐいろてりえつ。蹴込けこみ敷毛しきげ燃立もえたつばかり、ひら/\と夕風ゆふかぜ徜徉さまよへるさまよ、何處いづこ、いづこ、夕顏ゆふがほ宿やどやおとなふらん。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
老夫人は蹴込けこみへ片足、「脱心ぬかるまいぞ。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)