行李かうり)” の例文
調べると、この間から主人が盜まれたと言つてゐた五十兩の小判が、泥のついたまゝ、ボロきれに包んで、行李かうりの底に隱してあつたんです
もう一度部屋へ戻り、執達吏しつたつりのやうな冷い眼で、一つ一つのものを見てまはつた。ベッドの下にトランクや行李かうりが押し込んである。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
おやおやとおもつてゐるうちに上からばたつと行李かうりふたが落ちてきました。それでも日光は行李の目からうつくしくすきとほつて見えました。
山男の四月 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
あのかたが何年間かのあなたの心をたくはへた行李かうりけて人に見せ、焼き尽しもした程にくみを見せながらそのあなたの弟や妹に
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
場合が場合、土産も買はず、荷物も持たず、成るべく身軽ななりをして、叔母の手織の綿入を行李かうりの底から出して着た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
手近に置くべきもの丈を入れた信玄袋しんげんぶくろは自分で持つて行く。行李かうりはあとから落着いた先へ送つて貰ふことにした。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
先づ旅行なぞといふ事になると、一週間も前から苦にする。それは旅行に附随して来る種々の瑣末さまつな事件を煩はしく思ふのである。行李かうりを整頓するなどもその一つである。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
行李かうりは、元來ぐわんらいそこなしで、いまのどたばたのおとまぎれて、見事みごと天井てんじやうつて、人參にんじんいたもの。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かれはあらゆるものを捨てて、着物を入れた行李かうり一つを携へて、そしてこの故郷の寺へと来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
宗助そうすけはまた行李かうり麻繩あさなはからげて、京都きやうとむか支度したくをしなければならなくなつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
泥棒のうはさの立つ毎に、ひよつとして自分の本箱や行李かうりの中に、ポケットなどに他人の金入れが紛れこんではゐないか、夜臥床とこをのべようと蒲団をさばく時飛び出しはしないか、と戦々兢々せん/\きよう/\とした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
ふみ行李かうりの底にさがす日
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さすらひ人の行李かうりより
静岡から持つて来た行李かうりや蒲団を運びこんで、初めて人間らしい暮しに落ちついたが、ゆき子はまだ職業を持つてはゐなかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
一と通り葛籠も行李かうりも手箱も見ましたが、何んの變つたこともなく、痛々しくも貧しげなうちにも、何んとなく可愛らしさの溢れる品々は
未知の世界へ希望をいだいて旅立つた昔に比べて寂しく又早く思はれた航海中、とうの寝椅子に身を横へながら、自分は行李かうりにどんなお土産みやげを持つて帰るかといふことを考へた。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「はじめた、はじめた。いよいよはじめた。」行李かうりのなかでたれかが言ひました。
山男の四月 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
宗助そうすけはもつとあそんできたいとつた。御米およねはもつとあそんできませうとつた。安井やすゐ宗助そうすけあそびにたから天氣てんきになつたんだらうとつた。三にんまた行李かうりかばんたづさへて京都きやうとかへつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
石見いはみ銀山と血染の匕首あひくちを、仙之助の行李かうりに隱したのは、賢いやうでも女の猿智慧さ。あんな事をしたので、いよ/\俺は仙之助が潔白けつぱくだと思つたよ。
手ばやく荷物へかけた黄いろの真田紐さなだひもをといてふろしきをひらき、行李かうりふたをとつて反物のいちばん上にたくさんならんだ紙箱の間から、小さな赤い薬瓶くすりびんのやうなものをつかみだしました。
山男の四月 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
平次と島吉は幾松の行李かうりを引出しました。ふたを拂つて見ると、中はお店者たなものの着換へが一と通り詰まつてゐるだけ。
昨夜自分の行李かうりから匕首を出して、拔いて灯りにすかしてニヤリと笑つたのを私は見てしまひました。あの女はお孃さんを殺す氣だつたに違ひありません。
最後に開けた手代の福次郎の行李かうりの底から、主人の娘のお登世に宛てた、齒の浮くやうな戀文が、三本も五本も出て來たには、さすがの平次も顏を反けました。
三次の部屋は何んの變哲もなく、持物もひどく少ないのですが、不思議なことに押入から引出した行李かうりの中からは、紙に包んだ小判が十枚ほど出て來たのです。
「お清の嫉妬やきもちさ、納屋であれを見付けて、お濱の行李かうりへ入れたんだ、惡氣ぢやあるまいが、少し罪が深い」
「昨日も店の薄暗いところで、そつと手紙を渡して居たよ。行つて見ねえ、新六さんの行李かうりの中には、お玉さんの甘つたるい手紙が、二三十本と入つてゐるから」
さう言ふ平次の言葉や眼色を讀むと、ガラツ八は飛んで待つて、横手の押入から行李かうりを一つ出しました。
「いや、清松は下手人ぢやない。下手人なら三百兩の金を盜つて、自分の行李かうりなどへ隱す筈はない」
「小三郎の脇差で久兵衞を殺し、一と一通り洗つて自分の行李かうりへ入れて置いたのも行屆いた惡企わるだくみだ。あれを見た時は俺も下手人はてつきり小三郎に違ひないと思つたよ」
押入の行李かうりの後ろに無造作に投り込んであつたもので、この短刀の中身でお縫が死んだのを承知して居る民彌が、こんなところへ投り込んで置いた無關心さは大きな謎です。
「心細いな、親分。あの若黨友吉の行李かうりの中から、お玉のかんざし半襟はんえりが出て來ましたよ。それから、あの下手つくそな手紙は、友吉の筆跡に違ひないこともわかつたんだが——」
旅藝人にしては、いくらか裕福さうだと言ふだけ、行李かうり一つ、布團一と組の、まことに氣樂な簡素さです。階下したは十二三の娘達が四五人をりますが、これは調べるまでもなく
「本當も嘘もないよ、紙へ包んで行李かうりの底へ入れて置いたんだから間違ひはあるめえ」
直ぐ眼についた行李かうりの上の麻の細引、それを取つて寅松と源三郎の前に投つたのです。
押入の中の行李かうりを搜しても、目當ての物はなかつたのか、直ぐ樣奧の一ト間——後家のお染の部屍に飛び込んで、箪笥たんす、長持、押入、戸棚と搜した揚句、思ひも寄らぬところから
お杉の荷物——行李かうりが一つと、一抱の着物の中から、ひどく血に汚れたあはせが一枚出た時は、見て居る限りの者は色を失ひました。わけても當のお杉の狼狽らうばい振りは目もあてられません。
「仙之助の行李かうりの中に、石見銀山の使ひ殘りと、少し血の附いた匕首あひくちがありました。へエ、今聽くと音松さんが、神樂坂の空家で殺されたさうで、本當に怖ろしいことで御座います」
お蝶の行李かうりの中から、べツトリ血の着いた、派手な浴衣が一枚出て來たのです。
「此處は彌吉どんの部屋ですよ。押入を開けて、行李かうりでも出しませうか」
母屋の四疊半で、よく片付いて居りますが、持物は思ひの外少なく、行李かうりが一つと夜具布團があるだけ、その行李の中にも、奉公人の持つて居る通り一遍のものばかりで、何の變つた物もありません。
「自分の行李かうりか何かぢやありませんか」
「さア、私の行李かうりの中にある筈だが」
「お濱の行李かうりの中か」