よみが)” の例文
自分はその後に続く言葉を言わないでもただ奎吉けいきちと言っただけでその時の母の気持をきいきとよみがえらすことができるようになった。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
青い火や赤い火の流れている広告塔の前に立って、しっとりした夜の空気によみがえったとき、お島はそこに跪坐しゃがんでいる小野田を促した。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして東京に向かって電車が動き出すと、また絶望と自嘲がよみがえって来て、暗憺あんたんたる気持になったのであるが、もうすでに時は遅かった。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
時には歯のきしむやうな嫌らしさを起させる所があるのを感じたりするいまでは、それ等の智識が特別な意味で軍治の頭によみがへるのだつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
死にひんしたおぼえのある人は誰も語ることだが、まさに死せんとする時は幼き折の瑣事さじが鮮やかに心頭によみがえるものだという。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
恐ろしい半之丞の明察、——平次はおかぶを奪はれて暫らく默つてしまひました。が、やがて、心を落着けると、平次の日頃の叡智えいちよみがへります。
彼の努力ははたしてむなしくなかった。お延は久しぶりに結婚以前の津田を見た。婚約当時の記憶が彼女の胸によみがえった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
坊主達が山に引き揚げて、漸く京の街にも生色がよみがえってきたので、後白河院も、六波羅をあとにされた。平家側からお供は重盛唯一人つき従った。
死人がよみがへつたのではあるまいか——と、咄嗟とっさにそんな錯覚をさへ感じたさうです。それがその婦人なのでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
増田健次は、たまたまひとり駐在所の一隅で彼の風貌を想い浮べる時、ふと、平沢事件の主人公の職業が記憶の中によみがる。これも芸術家なら、あれも芸術家であつた。
この握りめし (新字新仮名) / 岸田国士(著)
(もし、いつかいわあなで、そなたがあのまま、よみがえらなんだら、わしもその場で、死ぬ気であった)
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
過ぎ去った一年間の、恋人とのいろ/\な会合が、心の中によみがえって来た。どの一つを考えても、それは楽しい清浄な幸福な思出だった。二人は火のような愛に燃えていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
美しい光線がみなぎるように裏の林にさしわたると、緑葉がよみがえったように新しい色彩をあたりに見せる。芭蕉の広葉は風にふるえて、山門の壁のところには蜥蜴とかげが日に光ってちょろちょろしている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
次々と思い出がよみがえる。井伏さんは時々おっしゃる。
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
生理的の不権衡ふけんこうから来るらしい圧迫と、失望とを感ずるごとに、お島は鶴さんや浜屋のことが、心によみがえって来るのを感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
玄関の格子こうしを開けた時、お延の頭に平生からあったこんな考えを一度によみがえらさせるべく号鈴ベルがはげしく鳴った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その幼時のあまい記憶が大きくなって落ちれた私によみがえってくるせいだろうか、まったくあの味にはかすかなさわやかななんとなく詩美と言ったような味覚が漂って来る。
檸檬 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
昔鳴らした凄味がよみがへつて、斯う言ひ出したら後へ引く源太郎では無かつたのです。
暴風雨あらしの夜、佐用山のいわあなへ、おばばを救いに行って、却っておばばのひど打擲ちょうちゃくにあい、気を失ってしまったあの時の明け方から——ずっと続いて、意識は元によみがえっても、体のぐあいは
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
破魔弓はまゆみの的を競えば近習の何人なんびとよりも命中矢あたりやを出したことや、習字の稽古の筆を取れば、祐筆の老人が膝頭を叩いて彼の手跡を賞賛したことなどが、皆不快な記憶として彼の頭に一時によみがって来た。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
嫩葉わかばえ出る木々のこずえや、草のよみがえる黒土から、むせぶような瘟気いきれを発散し、寒さにおびえがちの銀子も、何となし脊丈せたけが伸びるようなよろこびを感ずるのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
這裡しゃりの消息を知ろうと思えばやはり懸崖けんがいに手をさっして、絶後ぜつごに再びよみがえるてい気魄きはくがなければ駄目だ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もしそのとき形骸に感覚がよみがえってくれば、魂はそれと共に元へ帰ったのであります。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
八五郎の顏にはまた煮えこぼれるやうな他愛もない笑ひがよみがへるのです。
それにもかかわらず、回復期に向った余は、病牀びょうしょうの上に寝ながら、しばしばドストイェフスキーの事を考えた。ことに彼が死の宣告からよみがえった最後の一幕を眼に浮べた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
爛熟らんじゆくし切つた歡樂の底から、ホロ苦い母性がよみがへつたのでせう。
子供の時の茣蓙ござ遊びの記憶——ことにその触感がよみがえった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
自分の眼が、ひとたびその邪念のきざさないぽかんとした顔にそそぐ瞬間に、僕はしみじみ嬉しいという刺戟しげき総身そうしんに受ける。僕の心は旱魃かんばつに枯れかかった稲の穂が膏雨こううを得たようによみがえる。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さう言ふ平次の調子には、漸く温か味がよみがへります。