茶褐色ちゃかっしょく)” の例文
それは二輪の車で、内部は茶褐色ちゃかっしょくの皮で張られ、下には組み合わせ撥条ばねがついており、ただ郵便夫と旅客との二つの席があるきりだった。
その代り一本の茶褐色ちゃかっしょくの煙がすーっと立ちのぼり、轟々ごうごうたる音をたてて天空てんくうはるかに舞いあがっていく。その有様は、竜巻たつまきの如くであった。
灰色の平たいなぎさ、半ば水に浸った柳の茂み、ゴチック式の塔や黒煙を吐く工場の煙筒などがそびえた都市、茶褐色ちゃかっしょく葡萄ぶどうつる、伝説のある岩石。
茶褐色ちゃかっしょくの粒々を、彼はそっと嗅ぐようにして見た。すると、甘く、香ばしい匂いが、かすかに感じられて来るのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ほんの少しばかりところどころに茶褐色ちゃかっしょくに枯れちぢれた花弁のなごりがくっついていたことと、初夏の日ざしがボーイのまっ白な給仕服に照り輝き
B教授の死 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
きらきらと輝くような日光がまぶしく、細い路地をへだてた隣りの家のきりの花が、紫いろの穂もせて散って、茶褐色ちゃかっしょくのただの棒のようになっているのが目に入った。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
ゆうゆうと茶褐色ちゃかっしょく腹毛はらげを見せて、そこをらんともせず、高くも舞わず、御岳みたけの空を旋回せんかいしている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茶褐色ちゃかっしょくのうら枯れた大木の落葉がちょうど小鳥のかけるように高い峰と峰とのはざまを舞い上がってゆく。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ことに霜に打たれて蒼味あおみを失った杉の木立こだち茶褐色ちゃかっしょくが、薄黒い空の中に、こずえを並べてそびえているのを振り返って見た時は、寒さが背中へかじり付いたような心持がしました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「弟ハ妻ガ協力シテコノ追加条項ヲ忠実ニ履行スル保証ヲ得ルニアラザレバ、光子ト結婚スルコトヲ得ズ、」——そうして此処にも茶褐色ちゃかっしょくのしみが点々とされているのである。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この材の色は赤黒く、まるで桜のように茶褐色ちゃかっしょくでありますので、最初の白猿を彫ろうという予期を裏切られました。しかし、材質はなかなかよろしく、彫刻には適当でありました。
それがずっと打ち絶えていたのであったが、今あおい炎の熱に沸騰した試験管の液体が、みるみる茶褐色ちゃかっしょくに変わり、すすのように真黒になって行くのを見ると、ちょっと気落ちがした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
砲声を前景にした茶褐色ちゃかっしょくのはげた丘、その急忙きゅうぼうの中を、水筒を肩からかけ、ピストルを腰に巻いて、手帳と鉛筆とを手にして飛んで歩いている一文学者の姿をかれはうらやましく思った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
稲穂は種々いろいろで、あるものはすすきの穂の色に見え、あるものは全く草の色、あるものは紅毛あかげの房を垂れたようであるが、その中で濃い茶褐色ちゃかっしょくのがもちごめを作った田であることは、私にも見分けがつく。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
呆気あっけに取られて見る見る内に、下の方から縮みながら、ぶくぶくと太って行くのは生血いきちをしたたかに吸込むせいで、にごった黒い滑らかなはだ茶褐色ちゃかっしょくしまをもった、疣胡瓜いぼきゅうりのような血を取る動物
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或いは茶褐色ちゃかっしょくにぬりつぶしているような気がします。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
するとそのあとから、長い、にょろにょろした茶褐色ちゃかっしょくの棒が、ぽっぽと湯気をたてながら、コック長をおっかけて、彼のくびすじのところへつきあたる。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
刈ったあとには茶褐色ちゃかっしょくにやけた朽ち葉と根との網の上に、まっ白にもえた茎が、針を植えたように現われた。そして強い土の香がぷんと鼻にしみるように立ちのぼった。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして何より無気味なのは、署名の下に小さな花弁を押したようにひろがっている茶褐色ちゃかっしょく斑点はんてんであって、同じものが半紙の綴じ目の割り印をすべき所にも二つぽたぽたとにじんでいる。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
盲縞めくらじまの腹掛け、股引ももひきによごれたる白小倉の背広を着て、ゴムのほつれたる深靴ふかぐつ穿き、鍔広つばびろなる麦稈むぎわら帽子を阿弥陀あみだかぶりて、踏んまたぎたるひざの間に、茶褐色ちゃかっしょくなる渦毛うずげの犬の太くたくましきをれて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
バティスティーヌ嬢は穏和なやせた細長い女で、兄よりも少し背が高く、茶褐色ちゃかっしょくの絹の長衣を着ている。それは一八〇六年にはやった色で、その頃パリーで買ってから後ずっと着続けたものである。
枯々とした桑畠に茶褐色ちゃかっしょくに残った霜葉なぞも左右に吹きなびいていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
実は星尾をおさえに行った部下の刑事が、こちらへ護送してくる途中、星尾がソッとふところから出して道端みちばたに捨てたのをいち早く拾いあげたのです。それには茶褐色ちゃかっしょく汚点おてんがついていました。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
キリレンコよりは大柄であるが、引き締った肉づき、日焼けしたような茶褐色ちゃかっしょくの皮膚の色、胡麻塩ごましおの濃い毛髪、黒いひとみの色など、日本人に近い感じで、何処やらに船員上りと云った風な様子があった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぱっと茶褐色ちゃかっしょくの煙があがった。れいのビーカーの中である。博士が、液体薬品のはいった瓶の口をひらいて、ビーカーの中へそそぎこむたびに、茶褐色の煙が大げさにたちのぼるのだった。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
というわけは、その茶褐色ちゃかっしょく楕円形だえんけいの島みたいなものの横腹に、とつぜん窓のようなものがあいたからである。その窓みたいなものが、密林のしげみをもれる太陽の光線をうけて、ぴかりと光った。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
爬虫館の鴨田研究室のうちへツカツカと入って行った帆村探偵は、そこに鴨田氏が背後うしろ向きになり、ビーカーに入った茶褐色ちゃかっしょくの液体をパチャパチャき廻しているのを発見した。外には誰も居なかった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)