船縁ふなべり)” の例文
船頭は竿さをを弓のやうに張つて、長い船縁ふなべりを往つたり来たりした。竿さをを当てる襦袢じゆばん処々ところどころ破れて居た。一竿ひとさを毎に船は段々とくだつて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
それから、とまむしろをいくらでもさらって来い、そうして、左っ手の垣根から船縁ふなべりをすっかりゆわいちまえ、いよいよの最後だ、帆柱を切っちまうんだ
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あとの一本は? 何? ——杉之助が船縁ふなべりから川へ落した? それは倉賀屋と浪人の大寺といふ人が呑んで、いくらも殘つては居なかつたといふのか
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
月が船縁ふなべりを照らしていた。海は真珠色に煙っていた。その海上を唄の声が、どこまでもどこまでも響いて行った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうしてね、糸が水底みずそこへついた時分に、船縁ふなべりの所で人指しゆびで呼吸をはかるんです、食うとすぐ手に答える。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半分乾枯ひからびかかった茶褐色の泡の羅列が、船縁ふなべりから平均一フィートほどの下の処に、船縁に沿って、一様に船をぐるっと取り巻くようにして長い線を形造っているだけだ。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
大陸たいりくは、たとへばあめうみうかんでゐるふねである。これが浮動ふどうさまたげゐるのは深海床しんかいしようからばされた章魚たこである。そしてこの章魚たこ大陸たいりく船縁ふなべりつかんでゐるのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
かじが少し狂うと舟は蘆の中へずれて往って青い葉が船縁ふなべりにざらざらと音をたてた。微曇うすぐもりのした空かられている初夏の朝陽あさひの光が微紅うすあかく帆を染めていた。舟は前へ前へと往った。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして傾いたボートの船縁ふなべりからすれすれに、蒼冥そうめいれた宵色の湖面が覗かれた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小児こどもの手をいたおかみさんや、寺参りらしいお婆さんや、中元の砂糖袋をさげた小僧や、五、六人の男女がおくれ馳せにどやどやと駈け付けて来て、揺れる船縁ふなべりからだんだんに乗り込んだ。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
船員達は船縁ふなべりに集って笑い出した。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
襦袢じゆばんをも脱棄てた二人の船頭は、毛の深い胸のあたりから、ダクダク汗を出しながら、竿さをを弓のやうに張つて、頭より尻を高くして船縁ふなべりを伝つて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
この時船縁ふなべりを飛び越えて、森田屋清蔵がやって来た。と見て取った平八は、つと前へ進み出たが
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さきにとまむしろを巻きつけておいた船縁ふなべりへ向って、やや斜めにどうと落ちかかりました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼女は両手でおけおさえたまま、船縁ふなべりから乗り出した身体からだを高木の方へじ曲げて、「道理どうれで見えないのね」といったが、そのまま水にたわむれるように、両手で抑えた桶をぶくぶく動かしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
云いながら彼は、片手を船縁ふなべりに掛けるようにしてヨットから飛び降りた。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
船が動き出した時、盲目めくらのお婆さんを除いては、みん船縁ふなべりの処に顔を並べた。岸の人々も別れの言葉を述べた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
最初から頑強に反対していた船夫の、三十五、六の肥りじしの奴が、そう悲鳴して顔を抑えましたが、体を海老えびのように曲げたかと思うと、船縁ふなべりを越して水の中へ真っ逆様に落ち込みました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船中の者共は我れ先にと船縁ふなべりへ出て、そうして町の方を見物しながら
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「さあ御乗り」と坊主頭の船頭が云ったので、六人は順序なくごたごたに船縁ふなべりからい上った。偶然の結果千代子と僕はあとのものに押されて、仕切りの付いたへさきの方に二人ひざを突き合せて坐った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十日ばかりの月が向こう岸の森の上に出て、渡船場わたしば船縁ふなべりにキラキラと美しくくだけていた。はだに冷やかな風がおりおり吹いて通って、やわらかなの音がギーギー聞こえる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
片手でしっか船縁ふなべりを掴み。しばらく体を休めたものだ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
次第に船の動揺の強くなるにつれて、姪はしつかりと船縁ふなべりを手で押へたり、恐ろしさうに、または何うにもならない危険を避けるやうに、私の方にその身を寄せて来たりした。
ある日 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)