習慣ならわし)” の例文
けれども、不思議な事には決して人にはあたらぬもので、人もなく物も無く、ツマリ当り障りのない場所を択んで落ちるのが習慣ならわしだという。
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「お屏風拝見」といえば、どこの店でも快よく上へ上げて見せてくれる習慣ならわしがありまして、お客が多いほど自慢となるのです。
綾子さん、このごろの習慣ならわしで、寡婦やもめ妊娠はらむのは大変な不名誉です。それに貴女あなたのそのおなかは誰の種だか、御自分で解りますまい。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、貴下きかはやがて、如何なる警戒も我々の前には全く無力であることを悟られるであろう。我々は一度思い立った事は必ずしとげる習慣ならわしである。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こんな手紙を見た、年期中の親孝行なせがれはどんな心持ちであったろう。そうした習慣ならわしが、祖父を辛棒つよい、模範的な町人にしてしまったのであろう。
対のほうでは寝殿泊まりのこうした晩の習慣ならわし女王にょおうは長く起きていて女房たちに小説を読ませて聞いたりしていた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
宗助といっしょになって以来、御米の毎日ぜんを共にしたものは、夫よりほかになかった。夫の留守の時は、ただひとはしるのが多年の習慣ならわしであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
向島へ来れば百花園で休むという事が曾て一般の習慣ならわしになっていた。その時代にわたくし達は人と成ったので、今之に対して異議を言うものは一人もない。
百花園 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蜂須賀家の名祖めいそ蓬庵公ほうあんこう以後、二、三代の頃から、国によろこびある時に、こういう習慣ならわしができたという。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐れ尊めるよりのとなえなれば、おもうに我邦のむかし山里の民どものいたく狼を怖れ尊める習慣ならわしの、漸くその故を失ないながら山深きここらにのみ今にのこれるにはあらずや。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
で、晩餐の終るのも待たず、いつもの習慣ならわしとはお話にならないほど早く宿へ引上げてしまった。
源吉というのがこの若者の名で、それを山家やまが習慣ならわしでは頭字ばかり呼んで、源で通る。海の口村の若い農夫には、いずれも綽名あだながあって、源のは「藁草履わらぞうり」というのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いまいましき門閥、血統、迷信の土くれと看破みやぶりては、我胸の中に投入るべきところなし。いやしき恋にうき身やつさば、姫ごぜの恥ともならめど、この習慣ならわしにいでむとするを誰か支ふべき。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「私はだれに向かっても丁寧にするのが習慣ならわしだ。出て行きなさい。」
私なんぞ、よくは分りはしませんけれど、目はその細工の生命いのちです。それを彫ったものの、作人と一所に銘を入れるのは、お職人の習慣ならわしだと言いますもの。
上冊には桟敷後さじきうしろの廊下より御殿女中大勢居並びたる桟敷を見せ市川八百蔵いちかわやおぞうきり門蔵もんぞう御挨拶ごあいさつ罷出まかりいでお盃を頂戴ちょうだいする処今の世にはなき習慣ならわしなれば興いと深し。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
結局彼女を呼び戻して、男に添わして遣ろうということになった。そう決ったらば旧の盂蘭盆うらぼん前に嫁入させるが土地の習慣ならわしだとかいうので、二番目の兄がにわかに上京した。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すそやボタン穴にいたるまで、しげしげと眺めまわしたが、それは彼自身の手がけたものだけに、一から十まで知りつくしていたのである——もっともこれは仕立屋仲間の習慣ならわし
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
のように神仏を崇敬するのは維新前の世間の習慣ならわしで、ひとり私の家のみのことではなかったのだが、私の家は御祖母様の保守主義のために御祖父様時代の通りに厳然と遣って行った
少年時代 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たとえば、馬の背や人足の力をかりて旅の助けとするとしても、従来の習慣ならわしによれば本馬ほんま三十六貫目、乗掛下のりかけした十貫目より十八貫目、軽尻からじりあふ付三貫目より八貫目、人足荷五貫目である。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「わしは、早寝の習慣ならわしでな」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
能登では、産婦のまだ七十五日を過ぎないものを、(あの姉さんは、まだ小屋のうち、)と言う習慣ならわしのあるくらい、黒島の赤神しゃくじん赤神様あかがみさまと申して荒神あらがみで、きびしく不浄を嫌わるる。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両足は仕事をしている時の仕立屋仲間の習慣ならわしでむき出しにしていた。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
習慣ならわしで調子が高い、ごくないの話のつもりが、処々、どころでない。半ば以上は二階へ届く。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むきの二階の肱掛窓ひじかけまどを開けて、立ちもやらず、坐りもあえず、あの峰へ、と山に向って、ひざを宙に水を見ると、肱の下なる、廂屋根ひさしやねの屋根板は、うろこのようにおののいて、——北国の習慣ならわし
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
又何とか云ふ可恐おそろしい島でね、人が死ぬ、と家属かぞくのものが、其の首は大事にしまつて、他人の首をきながら切つて、死人の首へ継合つぎあはせて、其をうずめると云ふ習慣ならわしがあつて、工面くめんのいゝのは
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
以前、あのあたりの寺子屋で、武家も、町家も、妙齢としごろの娘たちが、綺麗な縮緬ちりめんの細工ものを、神前仏前へ奉献する習慣ならわしがあって、裁縫の練習なり、それに手習てならいのよく出来る祈願だったと言います。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
榎の下は四方を丸く明けて避ける習慣ならわし
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)