空耳そらみみ)” の例文
あんまり早いねと母がいういのを、空耳そらみみつぶして、と外へ出て、ポチ来い、ポチ来いと呼びながら、近くの原へ一緒に遊びに行く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もしや空耳そらみみではないかと、叔父は自分の臆病を叱りながら幾たびか耳を引っ立てたが、聞けば聞くほど一種の鬼気ききが人を襲うように感じられて
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どうかすると、不意に、枕元で、あなたの声がするものですから、眼をまして見ますと、それは、わたしの空耳そらみみでした。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たにしの子が口をきくはずがない、なにかの空耳そらみみだろうとおもって、かまわずしごとをしていますと、また耳のはたで
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
傍らの文机ふづくえや文庫から手まわりの物を取って、腰に帯びたり、懐紙をふところへ納めてみたり、まるで空耳そらみみに聞いているかのような容子ようすに見えた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、ひとかげはなし、ちかくに人家じんかもなかったから、たぶん、空耳そらみみだろうとおもって、またあるしました。
犬と古洋傘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
積もる日の辛苦しんくに、たださえ気の弱いお艶、筋ならぬ人の慰め言と空耳そらみみにきいても、つい身につまされて熱い涙の一滴に……ややもすれば頬を濡らすのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
源叔父はこぎつつまなこを遠きかたにのみそそぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳そらみみに聞き、一言もまじえず。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
或は私の空耳そらみみであるかも知れないけれど、かくそれは三味線しゃみせんの音のようであった。ふっと跡絶とだえては又ふっと聞えて来る音色の工合が、どうも三味線に違いない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
マタンは、空耳そらみみだったのだと思って、さいふを手にとろうとしました。すると、またしても、コツコツとたたく音がしました。だれがどこを、たたいているのでしょう。
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
耳のせいかしらと、疑いながら、じッと耳を澄ませていると、いやそれは空耳そらみみではなかった。たしかに人声がするのだ。しかもそれは此の家の中から洩れ出でる話声だった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「な、なんだい。……たしかに、伝兵衛、伝兵衛と聞えたようだったが……テヘ、空耳そらみみか」
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
祠はしんとしてそうだとも違うとも答えない、八百助は空耳そらみみだったと思って怒り直し、忿然ふんぜんとしてまた燧石をかちっと打った、そのとたんにこんどはもっとはっきり「待ってくれ」
と覚悟をするところを見ると、初めの中は方針として空耳そらみみを使うのかも知れない。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
空耳そらみみで聞くんだから、モーギューだってヒヒンだって少しも驚かねえ」
空耳そらみみだよ。何が呼んでなんぞいるものか。」
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なげけど、ひめ空耳そらみみ片笑かたゑみてのみ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
空耳そらみみに鳴る拍子木ひやうしぎやキスのおと
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
ははあ、これは自分の空耳そらみみだな、犬が吠えて、非常が暗示されたものだから、疑心暗人というようなわけだろう。しかし、戸があいたには確かにあいた。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今まで聞こえていた物音は自分の空耳そらみみであったのか、あれほどの格闘かくとうが俄かにひっそりと鎮まる筈がない。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
諸君も御存じのごとく神ほど吝嗇けちんぼ空耳そらみみつかいで無精な独善家はない、曾古津様は出雲の親方から配当でももらったものか小さな祠の中に寝そべったままうんともすんとも答えなかった。
しばらくは、何にも音がしねえ。(空耳そらみみかな?)と思って、歩きだそうとすると、そこへ、キーイッとな、又聞えたじゃねえか。物音のする場所は、たしかに判った。第九工場の内部からだッ。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
空耳そらみみではなかった。佐伯氏がいつも吹く、あのやさしげな曲である。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
歎けど、姫は空耳そらみみに片笑みてのみ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
怪しい物音は自分の空耳そらみみでなかったことを確かめて、留吉は又もや独りで笑いながら、身をかがめてそこらあたりを見まわしたが、別にこれぞという物も見いだされなかった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
茂ちゃんの言う通り、いま聞えるあのくつわの音も、昔ここで死んだ軍人の怨霊おんりょう仕業しわざかも知れない、それが土の下から響いて来るのを、あたしの空耳そらみみで東の方に聞えるのかも知れない
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これも二人同時に聞きは聞いたが、それは空耳そらみみに違いないと打消すことも同時でした。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
空耳そらみみではなかったかと疑いながら、音のした方へ眼をつけて
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)