祇園ぎをん)” の例文
立出三條の龜屋と云る旅籠屋はたごや宿やどりしに當所は大坂と違ひ名所古跡も多く名にし平安城へいあんじやうの地なれば賑しきこと大方なら祇園ぎをん清水きよみづ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
よねさんにまけない美人びじんをとつて、若主人わかしゆじんは、祇園ぎをん藝妓げいしやをひかして女房にようばうにしてたさうでありますが、それもくなりました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
同志の会合は人の耳目を欺くためにわざと祇園ぎをん新地の揚屋あげやで催されたが、其費用を払ふのは大抵四郎左衛門であつた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
祇園ぎをんの方から鴨川を西に渡つて、右へ先斗町ぽんとちやうへ入らうとする向ひ角の三階家で、二階と三階を宿屋に使ひ、下の、四条通りに面した方に薬屋を開いてゐたのだつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
偶然祇園ぎをんの祭禮に出會つて其の盛觀を目撃する事を得た。人家の欄干に敷き連ねた緋毛氈ひまうせんの古びた色と山鉾の柄に懸けたゴブラン織の模樣とは今も猶目に殘つてゐる。
十年振:一名京都紀行 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
昨日きのふの朝東京を立つて、晩は京都へ着き、祇園ぎをんの宿に一泊して、今日の正午過ひるすぎには、大阪の停車場ステーシヨンの薄暗い待合室で、手荷物を一あづけにしやうとしてゐるところを、突然いきなり背後うしろから
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
清水きよみづ祇園ぎをんをよぎる桜月夜さくらづきよこよひ逢ふ人みなうつくしき
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
祇園ぎをんの町をさまよへば
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
三千歳みちとせさん、おきりさん。」——風流懺法ふうりうせんぽふ女主人公をんなしゆじんこうと、もう一人ひとり見知越みしりごし祇園ぎをん美人びじんに、停車場ステエシヨンから鴨川越かもがはごえに、はるかに無線電話むせんでんわおくつたところは、まで寢惚ねとぼけたともおもはなかつたが
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しつゝなさあるいへ乳貰ちもらひにおもむ漸々やう/\にしてそだつれ共ちゝたらざれば泣しづむ子よりもなほかなしく思ひ最う此上は神佛しんぶつ加護かごあづかるより他事無しと吉兵衞は祇園ぎをん清水きよみづ其外靈場れいぢやう祈誓きせいかけ精神せいしん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
人にそひて今日けふ京の子の歌をきく祇園ぎをん清水きよみづ春の山まろき
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
えらみ遊ばされし事あり此事の人の知る所なり時に元和げんな九年徳川二代將軍家御上洛じやうらくあられしかば京都の繁華はんくわ前代未聞ぜんだいみもんなり然るに其年の十月頃時の關白くわんぱく二條左大臣殿の諸大夫しよたいふにて取高とりだか七石二人扶持ふちなる河島伯耆守かはしまはうきのかみと云る人或日あるひ只一人祇園ぎをんの社へ參詣なし祇園豆腐どうふと云を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)