硯箱すゞりばこ)” の例文
老人はしばらく台帳を眺めてゐたが、やがて、台帳を毛布の上に置き、そばの卓子の硯箱すゞりばこの筆を取つて、一金五百円也と記入した。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
侍「いやお前の店には決して迷惑は掛けません、兎に角此の事をぐに自身番に届けなければならん、名刺なふだを書くから一寸ちょっと硯箱すゞりばこを貸して呉れろ」
「主人の居間の、硯箱すゞりばこの中に入つてゐる筈で、もつとも、使はうと思へば、誰でも使へないこともありません」
夫人は夫の言葉を聞くと、それを豫期していたものゝ如くお春に云いつけて料紙りょうし硯箱すゞりばこを取り寄せた。
宗助そうすけ銀金具ぎんかなぐいたつくゑ抽出ひきだしけてしきりなかしらしたが、べつなに見付みつさないうちに、はたりとめて仕舞しまつた。それから硯箱すゞりばこふたつて、手紙てがみはじめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かれは寂然じやくねんとして唯ひとりそのへやにゐた。小さな机、古い硯箱すゞりばこ、二三冊の経文、それより他はかれの周囲に何物もなかつた。かれはうゑを感ずるのを時として、出て来ては七輪をあふいだ。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
国表において又市がんな事をるか知れん、万一重役をあざむき、大事は小事より起る譬喩たとえの通りで捨置かれん……お父様お母様へも書置をしたゝめるがい……硯箱すゞりばこを持って来な
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三疊の隅つこに、蜜柑箱が一つ、行燈あんどんが一つ、蜜柑箱は机の代りになるらしく、その上に硯箱すゞりばこが置いてあつて、箱の中には、手習をした塵紙ちりがみが二十枚ばかり重ねてあります。
あとにお村は硯箱すゞりばこを引寄せまして、筆を取り上げ、細々こま/″\と文をしたゝめ、旦那を取らなければ母が私を女郎じょろうにしてしまうと云うから、仕方なしに私は吾妻橋から身を投げて死にますから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
翌る日、錢形平次がガラツ八の前に硯箱すゞりばこを持つて來させました。
店もまだ開けないうちでございますが、目の見えないおふみまでも来て子供も死骸に取りすがって泣き出しまする。するとかたわら硯箱すゞりばこの上に書残した一封が有ります。これを開いて見ると
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
平次は硯箱すゞりばこと卷紙を引寄せました。
いえも善は急げで早い方がい、早いがよろしい、妙だ、先刻菓子を包もうと糊入を買おうと思ったら、中奉書ちゅうぼうしょを出したから買っといたが、こゝに五枚残って居る、妙だ、硯箱すゞりばこがある
お隅は沈着おちついた女で、すぐ硯箱すゞりばこを取出し、事細かに二通の書置をしたゝめて、一通は花車へ、一通は羽生村の惣吉親子の者へ、実は旦那のあだを討ちばかりで、心にもない愛想尽しを申してうちを出て
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と云いながら硯箱すゞりばこ引寄ひきよせますゆえ、おいさは泣々なく/\ふたを取り、なみだに墨をり流せば、手負ておいなれども気丈きじょうの丈助、金十万円の借用証書を認めて、印紙いんしって、実印じついんし、ほッ/\/\と息をつき
いや反古ほごになっても心嬉しいから書いてくれ、硯箱すゞりばこ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
士「えー名札を失念したが硯箱すゞりばこを」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)