相模灘さがみなだ)” の例文
が、辻堂の前にたどり着いた丈太郎は、まだ誰も来て居ない事に気が付くと、捨石に腰をおろして、暮れ行く相模灘さがみなだを眺めやりました。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼女は、ふとホテルの裏庭へ、出て見ようと思った。其処そこは可なり広い庭園で、昼ならば、はるか相模灘さがみなだを見渡す美しい眺望ちょうぼうを持っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
伊豆行の汽船は相模灘さがみなだを越して、明るい海岸へ着いた。旅客は争って艀に移った。お種も、のする温泉地へ上った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黄色い春の月の思いきッて大きく、ぬっと、相模灘さがみなだの水平線に君臨しだしてきたけしきが、金吾の手枕に想像されました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いったいこの有料道路ペイ・ロードの敷設されている十国峠と箱根峠とを結ぶ山脈線は、伊豆半島のつけ根を中心に南北に縦走する富士火山脈の主流であって、東に相模灘さがみなだ
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
柔かくいで温かそうな潮が、遠濃やかに湛えた相模灘さがみなだが、小田原の海岸を走る私達の眼の前にひらけた。
動かぬ女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
竜神松五郎りゅうじんまつごろうと云って、遠州灘えんしゅうなだから相模灘さがみなだ、江戸の海へも乗り廻して、大きな仕事をしていましたよ」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
素敵すてきもない大きな男で、常に山を背負って歩いて、足を田の中へ踏み込んで沼をこしらえたり、富士山を崩して相模灘さがみなだを埋めようとしたり、そんなことばかりしているのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ聞えてくるものとては遥かの相模灘さがみなだから吹き上げてくる強い海風を受けて、物怪もののけでも棲んでいそうなほど鬱蒼うっそうたる全山の高いこずえが絶え間もなく飄々ひょうひょうたけっているばかりであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
海も山も一色ひといろに打ちけぶり、たださえながき日の果てもなきまで永き心地ここちせしが、日暮れ方より大降りになって、風さえ強く吹きいで、戸障子の鳴るおとすさまじく、怒りたける相模灘さがみなだ濤声とうせい
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
文久二年四月十七日、伊豆国賀茂郡松崎村いずのくにかものこおりまつざきむらの鰹船が焼津やいづの沖で初鰹を釣り、船梁ふなばりもたわむほどになって相模灘さがみなだを突っ走る。八挺櫓はっちょうろで飛ばしてくる江戸の鰹買船かつおかいぶねに三崎の沖あたりで行きあうつもり。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
馬關海峽ばくわんかいけうき、瀬戸内海せとないかいり、それより紀伊海峽きいかいけうでゝ潮崎うしほざきめぐり、遠江灘とほとほみなだ駿河灣するがわん相模灘さがみなだ沿岸えんがん沿ふて、およ波濤はたうつところ、およ船舶せんぱくよこたはるところ海岸かいがんちかいへいうせらるゝ諸君しよくん
ようやく、日頃の細かい神経や肉体のうちに住んでいる臆病虫が、こよいの暴風雨あらしに、颯然さつぜんと、相模灘さがみなだの彼方へふき飛んで行ってしまった心地がする。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相模灘さがみなだをへだてた下田の港の方には、最初のアメリカ領事ハリス、その書記ヒュウスケンが相携えてすでに海から陸に上り、長泉寺を仮の領事館として
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
相模灘さがみなだを、渡って来た月の光が今丁度箱根の山々を、照し初めようとしている所だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まだ岬のはなの乱松にあしの高い時分から、散り松葉にしっとりと潮気のふくむ岩蔭に腰をおろして、そこから一望にながめられる相模灘さがみなだをよぎッて、熱海の温泉町ゆまち
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二十年前、岸本は一度国府津こうず附近の海岸へ行って立ったことがある。暗い相模灘さがみなだの波は彼の足に触れるほど近く押寄せて来たことがある。彼もまだごく若いさかりの年頃であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日は、深くかげっていた。汽車の進むに従って、隠見する相模灘さがみなだはすゝけた銀のごとく、底光をおびたまゝよどんでいた。先刻さっきまで、見えていた天城あまぎ山も、何時いつの間にか、灰色に塗り隠されてしまっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
波はごうごうとえています。はや、夜のとばりは相模灘さがみなだをいちめんにとざしていますが、沖の一線は、月明りのように空が冴えて、しぶきをあげる波明りと共に、磯の道は案外足もとがよい。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)