目蓋まぶた)” の例文
弟はまだよく歩けない時分に、火鉢の角にぶつかって、どっちかの目蓋まぶたに傷をして、後になっても、その傷跡が消えずに残っていた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
幹子みきこ目蓋まぶたは、もう開けられないほど重くなって来ました。けれどお月様は、やっぱり窓からお母様や幹子の寝床をてらしました。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
お庄はまだ目蓋まぶたれぼったいような顔をして、寝道具をしまったあとを掃いていた。お鳥は急いでたすきをかけて、次の間へハタキをかけ始めた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ふと、私は、目蓋まぶたの熱いのを意識した。こんなに陰で私を待っていた人もあったのだ。生きていて、よかった、と思った。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「わしにも、貴様の気持は、いくらか解るようだ。是非に欲しいと思い込んだら、手に入れぬ中は、目蓋まぶたも合わぬというような気持は誰にもある」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
彼女の目蓋まぶたがそっと上がって、またもやその明るい眼がわたしの前に優しくかがやき出したかと思うと、またしても彼女はにっとあざけるように笑った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
すると兄ははら/\しながら、美しく重圧して来る弟の黒い瞳に堪へないやうに眼を伏せて目蓋まぶたをぴり/\させ
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ですから遠藤はこれを見ると、さては計略が露顕したかと思わず胸をおどらせました。が、妙子は相変らず目蓋まぶた一つ動かさず、嘲笑あざわらうように答えるのです。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしが大きな物音をたてるとくびをさしのばし、頸の羽毛を立て、眼を大きく見ひらくのだが、じきにまたその目蓋まぶたが垂れてきてお辞儀をはじめるのだ。
目を開けると直ぐ消えて仕舞ふ。疲れ切つて居る体は眠くて堪らないけれど、強ひて目を瞑ると、死んだ赤ん坊らしいものがほそい指で頻に目蓋まぶたを剥かうとする。
産褥の記 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その靴の音が高く響いた時は、もはやお葉の眼はすべて曇って霞のやうにかすんで、なんにも見えなかった。涙が閉ぢた目蓋まぶたから、ボロ/\と頬をつたはった。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
その目は外に向けられずに、ひたすら心の奥底を見透しでもするように、目蓋まぶたの下で静かに廻転している。
ワーリカはブラッシをとり落とすが、すぐさま頭を振り、眼をむきだして、そのへんのものが目蓋まぶたのなかで、伸びたり動いたりしないように、懸命にじっと見つめる。
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
父は目蓋まぶたをとじて母へ何かやさに語っていた。「今に見いよ」とでもっているのであろう。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その重なり合つた上下の目蓋まぶたの間からかすかにれてゐるらしい視線は、よく見ると、下に横たはつてゐる裸かの男のひげもじやの顔をじつと眺めてゐるやうでもありました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
つぶった目蓋まぶたからは、熱い涙が絶間とめどもなく流出ながれだして、頬を伝って落ちましたのです。馬は繋がれたまま、白樺しらはりの根元にある笹の葉を食っていたのですが、急に首を揚げて聞耳を立てました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二十年の間この山を取り巻いていた呪いの霧が、蛇の鱗のようにがれ落ちて、おおどかな梵音のひびく限りは、谷底に寝ほうけた蝦蟇ひきがえるまで、薄やにの目蓋まぶたをあけながら仏願に喰い入って来ようわ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
海老塚医師は脈をとり、目蓋まぶたをひっくりかえしたりして
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
庸三はいつごろまで仰向きになった目の上に「痴人の告白」を持ちこたえていたろうか、するうちに目蓋まぶたが重くなって電燈を薄闇うすぐらくしてねむった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なれど隠者は悪魔ぢやぼ障碍しやうげなほもあるべいと思うたれば、夜もすがら御経の力にすがり奉つて、目蓋まぶたも合はさいであかいたに、やがてしらしら明けと覚しい頃
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
周囲の山に住むモルモットのようにそれは目蓋まぶたをとざして三カ月、またはそれ以上も冬眠に入るのである。
彼女は、その言葉を聞きながら、気力なさゝうに目蓋まぶたを閉ぢた。もう、何も考へる事は出来ない。この夜も明けるんだと思へば、彼女の心に思ふ事も、見ることもいらない。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
兄の息子は、膨れ目蓋まぶたのしじゆう涙ぐんでゐるやうに見える、皮膚の水つぽい青年だつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
私は、眼に色ガラスのようなものでもかかったのかと思い、それをとりはずそうとして、なんどもなんども目蓋まぶたをつまんだ。私は誰かのふところの中にいて、囲炉裏いろりの焔を眺めていた。
玩具 (新字新仮名) / 太宰治(著)
……それから十五分すると、わたしはもう幼年学校生やジナイーダと、おにごっこをしていた。わたしは泣かずに、笑っていたけれど、泣きはらした目蓋まぶたは、笑うたんびに涙をこぼすのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
なんとなくそんな気がしたのです。しばらくその顔を見守つてゐましたが、べつに起きだすやうな気色けしきはなく、身じろぎ一つしません。薄く開いてゐる目蓋まぶたのあひだが、なんだか青いふちのやうでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
素気そっけなく言ってすぐ入口にまごついている加世子に目を見張った。この眼も若い時は深く澄んで張りのある方だったが、今は目蓋まぶたにも少したるみができていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、妙子は相変らず目蓋まぶた一つ動かさず、嘲笑あざわらふやうに答へるのです。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そこでは焼いたり切つたりするのは、いたづらに目蓋まぶたを傷つけるばかり、かへつて目容めつきを醜くするし、気永に療治した方がいゝといふので、其の通りにしてゐるのであつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
参謀はちょいと目蓋まぶたを挙げた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
圭子はよく彼女をつかまへて、ぐすりをたらしてみこませるために、目蓋まぶたきかへして、何分かのあひだ抑へてゐるのであつたが、片目の目脂めやにが少し減つたと思ふと
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「ふむふむ。」と、浅井は莨をふかしながら、少しずつほぐれて来るお今の話に、気軽な応答うけこたえをしていたが、じきに目蓋まぶたの重そうな顔をして、二階へ引き揚げて行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母親ははたの話を聞きながら時々針を持ったまま前へ突っ伏さるようになっては、また重い目蓋まぶたを開いて、機械的に手を動かした。お庄はその様子を見て腹から笑い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
父親が目をきながら繰り返し呼んだが、うなずく力もなく、目蓋まぶたも重たげであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
病院以来、めっきり気分のだらけて来たお今は、まだ目蓋まぶたなどのれぼったい、眠いような顔をして、茶のの薄暗いところにある鏡の前へ立っては髪を気にしたり、白粉を塗ったりしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
浅井は重い目蓋まぶたをとじながら、だるそうに笑った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)