癇性かんしょう)” の例文
五十がらみの貧相な男で、癇性かんしょうというのだろうか、首が少し左へ曲っていて、早くちに話しながら、その首を絶えず振る癖があった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「驚いたぜ、親分。この家にはどんな癇性かんしょうの人間が住んでいるか知らないが、雨戸の上の欄間までめたように拭き込んであるぜ」
ことに、あの癇性かんしょうな清盛が、まだ二ツか三ツころのとき、乳くびにみついた歯のあとが、いまでも白ッぽいあとになって残っていた。
「だまんなさい!……」と癇性かんしょうらしい声でカチェリーナはどなりつけた。「なぜはだしでいるか、自分で知っているくせに」
相変らず、長火鉢の前、婆やに、かんをつけさせて、猪口ちょくを口にしながら、癇性かんしょうらしく、じれった巻きを、かんざしで、ぐいぐい掻きなぞして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この姉は喘息持ぜんそくもちであった。年が年中ぜえぜえいっていた。それでも生れ付が非常な癇性かんしょうなので、よほど苦しくないと決してじっとしていなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貴娘は、先生のように癇性かんしょうで、寒のうちも、井戸端へ持出して、ざあざあ水を使うんだから、こうやって洗うのにも心持はいけれども、その代り手を
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
乳液でまんべんなく手の甲をたたいておくだけで、爪は癇性かんしょうなほど短くって羅紗らしゃきれみがいて置く。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
平生癇性かんしょうに爪をきる私にはとろうにも爪がない。で、申訳ばかりけずっていれる。蒼白く硬直して窮屈な棺のなかに合掌してる死骸をふとみればやっぱり妹のような気もする。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
何と答えてよいかわからぬ音枝に、女医さんはぐっと癇性かんしょうにまゆをよせながら
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
いつたい彼女は癇性かんしょうのせゐか、二十六と云ふとしのわりにはざとい方で、下女奉公をしてゐた時代から、どうかすると寝られない癖があつたものだが、今度も此の二階に引き移つてから
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
(一たいこの辺は泉の多い地方である)犬は耳を癇性かんしょうらしく動かして二、三間ひきかえして、再び地面を嗅ぐや、今度は左の方へ折れて歩み出した。思ったよりもこの林の深いのに少しおどろいた。
癇性かんしょうの朋輩が見るに見兼ねて時々
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
癇性かんしょうというのだろうか、いつも赤い顔をして怒りっぽく、いちにちじゅうどこかでどなり声が聞えているというふうであった。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
界隈によく姿を見せる、いつもあいみじんを着て、銀鎖の守りかけを、胸にのぞかせているような、癇性かんしょうらしい若者——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「先生は癇性かんしょうですね」とかつて奥さんに告げた時、奥さんは「でも着物などは、それほど気にしないようですよ」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「町内の湯屋へ行きました。もう帰る頃ですが——兄さんは癇性かんしょうで、夜の湯へは入れない人ですから」
北の遣戸やりどめ、南のだけをかかげた所にすぐ少年の声が聞かれた。しかしそれは、きイんと癇性かんしょうをおびた駄々ッ子声で、双六すごろくの駒をくずす音といっしょに聞えたのである。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何しろ、これがたった一つ思い出の中に残っておるだけで、ほかのものは何もかも消し飛んでしまったんですからなあ! さよう、あれは癇性かんしょうで、気位が高くて、負け嫌いな女ですよ。
いったい彼女は癇性かんしょうのせいか、二十六と云うとしのわりには眼ざとい方で、下女奉公をしていた時代から、どうかすると寝られない癖があったものだが、今度もこの二階に引き移ってから
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「おらあ癇性かんしょうで人に体を触らせたことがねえ、まして女なんぞに来られて堪るものか、江戸の大名なんてみんなこうするのか」
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「三文字屋のお店は南新堀だが、大旦那は癇性かんしょうで多勢人のいるところでは寝られないと言って、毎晩亥刻よつ(十時)になると、霊岸島の隠居家へ引揚げて休みなさるんで」
わっち癇性かんしょうでね、どうも、こうやって、逆剃さかずりをかけて、一本一本ひげの穴を掘らなくっちゃ、気が済まねえんだから、——なあに今時いまどきの職人なあ、るんじゃねえ、でるんだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下町語では、そういう癖を癇性かんしょうと、よぶ。私にも、それがあるようだ。いろいろあるが、外出のときは、たばこ以外、持つ物一切が嫌いである。手帖はもちろん、ハンケチさえも持ちたくない。
押入れ随筆 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも彼は背中の皮を根気よく撫でゝやりながら、少し心を落ち着けて此の部屋の中を眺めてみると、あの几帳面きちょうめん癇性かんしょうな品子の遣り方が、ほんの些細な端々はしばしにもよく現はれてゐるやうに感じた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「堪忍してちょうだい」おみやが夜具の中からそう囁いた、「兄は癇性かんしょうで、人が同じ部屋にいると眠れないんですって、迷惑でしょうけれどがまんして下さいね」
其所そこへ彼女の癇性かんしょうが手伝った。彼女はどんなに気息苦いきぐるしくっても、いくらひとから忠告されても、どうしてもながら用を足そうといわなかった。うようにしてでもかわやまで行った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五十がらみの恐ろしい金棒曳かなぼうひき、そのうえ癇性かんしょう眼敏めざといのを自慢にしている女ですから、この女主人おんなあるじに知れないように、二階から脱け出すことは、猫のような身軽さで、物干から飛降りない限りは
それでも彼は背中の皮を根気よく撫でてやりながら、少し心を落ち着けてこの部屋の中をながめてみると、あの几帳面きちょうめん癇性かんしょうな品子のり方が、ほんの些細ささい端々はしばしにもよく現われているように感じた。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
頬骨の高い眉の厚い、謹厳そのものといった顔だちだが、癇性かんしょうなのか片頬だけ時どきかすかに痙攣ひきつるのがみえた。話し終って袱紗包を差出すと、相手はそれに眼も呉れないで鄭重ていちょうに頭を下げた。
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
可笑おかしくって笑えもしないよ」梅八は癇性かんしょうにきせるで莨箱たばこばごを引寄せた
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)