片頬かたほお)” の例文
それがちょうど二人の座席から二列前の椅子いすで、ちょうどこっちからその頸筋くびすじと、耳と片頬かたほおあごはすかいに見えるような位置にあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お嬢さんはかすかに片頬かたほおでほほえむと折からプロポオズして来た陸上のF氏の肩にかるく手をかけ、踊って行ってしまいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
睫毛まつげの長い一重まぶたが夢見るように細くなって、片頬かたほおに愛らしいえくぼができて、花弁のような唇から、ニッと白い歯がのぞいた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
連れて不忍しのばず蓮見はすみから、入谷いりやの朝顔などというみぎりは、一杯のんだ片頬かたほおの日影に、揃って扇子おうぎをかざしたのである。せずともいい真似をして。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こめかみにった頭痛膏づつうこうにかかるおくれ毛をなでつけながら、自分のほうを向いたが、軽くうなずいて片頬かたほおで笑った。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「朝げにまた眠いとってこづき起こされべえに」にっと片頬かたほおみをたたえて妹は君にいたずららしい目を向ける。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「何だと親を捕えて泥棒呼わりは聞き捨てになりませんぞ」と来るところを取って押え、片頬かたほお笑味えみを見せて
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼のひたいから片頬かたほおにかけて、田虫たむしが根強く巣を張っていたために、彼の玦形けっけい刺青ほりものは、奴国の誰よりも淡かった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
折角、口がほころびかけていたジュジュも、仲間の一人に入り混ってしまうと、通り一遍の遊び女になってしまって、ただ、空疎な微笑を片頬かたほおに装飾するに過ぎなかった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
うとうとしていた章一は、片頬かたほおあたたか緊縛きんばくを覚えたのでふと眼を開けた。艶消つやけし電燈のやわらかなあかりは、黒いねっとりとうるみを持った二つの瞳とほてった唇をそこに見せていた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
さもなければ忘れたように、ふっつり来なくなってしまったのは、——お蓮は白粉おしろいいた片頬かたほおに、炭火すみび火照ほてりを感じながら、いつか火箸をもてあそんでいる彼女自身を見出みいだした。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
粒太つぶふとき雨は車上の二人がきぬを打ちしが、またたくひまに繁くなりて、湖上よりの横しぶき、あららかにおとづれ来て、べにしたる少女が片頬かたほおに打ちつくるを、さしのぞく巨勢が心は
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ミチはびの笑いを片頬かたほおにのせた。しかし、今の勇はミチの肉体に誘惑を感じなかった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
女は片頬かたほおで笑った。そうして問い返した。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老刀自は片頬かたほおにさみしく笑う。
片頬かたほおに冬日ありつつ裏山へ
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
吃驚びっくりして、ひょいと顔を上げると、横合から硝子窓がらすまど照々てらてらと当る日が、片頬かたほおへかっと射したので、ぱちぱちとまたたいた。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「な」の字さんもわたしも足を止めながら、思わず窓の中をのぞきこみました。その青年が片頬かたほおに手をやったなり、ペンが何かを動かしている姿は妙に我々には嬉しかったのです。
温泉だより (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
面長おもながの左の片頬かたほおから眼許めもとにかけて、見覚えのある親しい顔であるから、朝鮮の方へ往ってると聞いていたものではあるが、東京に来ていないとも限らないので、線路の外へ出るなり
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かの女が振り向くと、さっきの片頬かたほおだけで笑う娘がもたがまちの外に来ていた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
勇は片頬かたほおに冷笑を浮べる。急にいた嫉妬しっとが彼に自己暗示を与えたのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
いろんな事を考えて夜着のえりをかんでいると、涙が目じりからこめかみを伝うてまくらにしみ入る。座敷では「夜の雨」をうたうのが聞こえる。池の竜舌蘭りゅうぜつらんが目に浮かぶと、清香の顔が見えて片頬かたほおで笑う。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのみちには住宅地組合で建てた街燈がぽつぽつあった。もう十時を過ぎているので人通りはほとんどなかった。街燈のは務の蒼白あおじろ片頬かたほおを見せていた。彼はかなり勾配こうばいのある傾斜面をあがっていた。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と息せくと、めっかちの、ふやけた目珠めだまぐるみ、片頬かたほおたなそこでさしおおうて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
双子はねおきて広巳の片頬かたほおへ拳を持って往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)