わずらわ)” の例文
ここにおいてわたくしは、外崎さんの捜索をわずらわすまでもなく、保さんの今の牛込うしごめ船河原町ふながわらちょうの住所を知って、すぐにそれを外崎さんに告げた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一々その聯想を書く事はわずらわしいので、そこにはこれを省き、別に一章としてその当時の回想を書き止めて見ようと思い立ったのである。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
運命の人よ! 八十年生きるも百年生くるも、人の世はすべてこれ夢! 地上すべてのわずらわしさを断って、悠々ゆうゆうと安らかなる眠りを眠られよ!
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
わたくしは生涯独身でくらそうと決心したのでもなく、そうかといって、人をわずらわしてまで配偶者を探す気にもならなかった。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蜻蛉とんぼ釣りに蜻蛉の行衛ゆくえをもとめたり、紙鳶たこ上げに紙鳶のありかを探したりするわずらわしさに兄は耐えられなくなってしまった。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
「家というものはどうしてこうわずらわしいもんでしょう。僕のところなぞは、もうすこしウマく行きそうなものだがナア……」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「御友人の斎藤氏は愈々有罪と決した。それについて御話したいこともあるから、私の私宅まで御足労をわずらわし度い」
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それにき、御隠居さまの、御配慮をわずらわしたく、深夜ながら、お袖にすがるため、まかりでました次第でござります
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
石之姫いわのひめ筒木宮つつきのみやおこってこもられ、みかどをして手を合さんばかりに詫言わびごとを申さしめ給いし例などは随分はげしい事ですが、それが仁徳にんとく帝の御徳をわずらわしているでもなく
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
本来ならば「丸木花作まるきはなさくこと本名ほんみょう張学霖ちょうがくりんは……」といった風に書くのが本当なのであるが、それを一々書くのが、わずらわしい程、××人が出てくることであるから、一つ思切おもいきって
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
中にはまた、あの鼻だから出家しゅっけしたのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻にわずらわされる事が少くなったと思っていない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかれども先生は従来じゅうらい他人の書にじょたまいたること更になし、今しいてこれを先生にわずらわさんことしかるべからずとこばんで許さざりしに、ひそかにこれをたずさえ先生のもとに至り懇願こんがんせしかば
その結果は、自分の作品に対して如何にしても他人や書生や弟子や妻君の手をわずらわす事が出来難いのである。一本の線、一つの筆触が近代絵画の生命となってしまっているのであるが故に。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
無駄を避け簡勁かんけいを旨とする鴎外の文章にわずらわしい修辞を容れるはずもない。
わずらわされるのではあるまいか。
歴史の矛盾性 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
京橋と雷門かみなりもんとの乗替も、習慣になると意識よりも身体からだの方が先に動いてくれるので、さほどわずらわしいとも思わないようになる。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だが、無駄だからすがいい。仮令お前に私の脅迫を主人に打開ける勇気があり、その結果警察の手をわずらわしたところで、私の所在は分りっこはないのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
濹東綺譚は若し帚葉翁が世に在るの日であったなら、わたくしは稿を脱するや否や、直に走って、翁を千駄木町せんだぎまち寓居ぐうきょおとない其閲読をわずらわさねばならぬものであった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それについては実に長々しい物語があるのだし、又仮令たとえそのわずらわしさを我慢して話をして見た所で、私の話のし方が下手なせいもあろうけれど、聞手ききては私の話を容易に信じてはくれない。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
然るに一たび古下駄に古ズボンをはいて此の場末に来れば、いかなる雑沓ざっとうでも、銀座の裏通りを行くよりも危険のおそれがなく、あちこちと道を譲るわずらわしさもまた少いのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
都下の樹木にして以上のほかなお有名なるは青山練兵場内のナンジャモンジャの木、本郷西片町ほんごうにしかたまち阿部伯爵家のしい、同区弓町ゆみちょう大樟おおくすのき芝三田しばみた蜂須賀はちすか侯爵邸の椎なぞがある。わずらわしければ一々述べず。