早稲わせ)” の例文
旧字:早稻
橋のたもと敷島しきしまを買って、遊園地の方へほつりほつりと私たちは歩いてゆく。雨はあがりかけて日の光は微かに道端の早稲わせの穂にさしかけて来る。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
早く実の出来る稲は早稲わせではないか、それに田が附いて居るからわせだなのだ、私は最初にふと誤つた読癖よみぐせを附けてしまつて誤りを知らずに居たので。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
穀物はすでにみのりきって、今にも刈り取られるのを待っているように見えた。田では早稲わせは刈り終られ、今や中手の刈り入れで百姓は忙しそうに見えた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
煙管きせるくわえて、後手うしろで組んで、起きぬけに田の水を見るたつじいさんの眼に、露だらけの早稲わせが一夜に一寸も伸びて見える。昨日花を見た茄子なすが、明日はもうもげる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
葭簀よしずかげからぼんやり早稲わせの穂の垂れた田圃たんぼづらをながめていると、二十はたちばかりの女中がそばへやってきて
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
また遥か田圃たんぼの方では、鎌の打ち振るたびにちらちらと光って、早稲わせを刈っている百姓の影も見えます。
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さるいしの渓谷は土えてよくひらけたり。路傍に石塔の多きこと諸国その比を知らず。高処より展望すれば早稲わせまさに熟し晩稲ばんとう花盛はなざかりにて水はことごとく落ちて川にあり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
鳰鳥にほどり葛飾かづしか早稲わせにへすともかなしきをてめやも 〔巻十四・三三八六〕 東歌
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
本願寺もうでの行者の類、これに豆腐屋、魚屋、郵便配達などがまじって往来引きも切らず、「早稲わせの香や別け入る右は有磯海ありそうみ」という芭蕉の句も、このあたりという名代の荒海あらうみ、ここを三十とん
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「結局、早稲わせ晩稲おくても駄目で、あンたみたいなのがいいってことでしょ」
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
鳰鳥におどりの葛飾早稲わせにえすとも、そのかなしきを、に立てめやも
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そよ風に早稲わせの香うれしかゝり船 松雨
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
早稲わせの香やわけ入る右は有磯海ありそうみ 同上
発句私見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「うん早稲わせだからだよ」
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
寒い雪国などでは早稲わせを作って、旧九月のうちにもう田の神を上げてしまうものがある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
早稲わせから米になって行く。性急せいきゅう百舌鳥もずが鳴く。日が短くなる。赤蜻蛉あかとんぼが夕日の空に数限りもなく乱れる。柿が好い色に照って来る。ある寒い朝、不図ふと見ると富士の北の一角いっかくに白いものが見える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
早稲わせはみぎりひだりにほのかにて小城をぎのこほりの道をわれゆく
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
貧しさに堪へてさびしく早稲わせの穂の花ながめ居りこのあかつきに
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこで早稲わせどころや田の少ない地方から、群をなして女が雇われに来るのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ゆふぐれの日に照らされし早稲わせをなつかしみつつくだる山路やまみち
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
夕光のさわさわ早稲わせの穂のあひにはや咲きまじる白胡麻しろごまのはな
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
福島県たいら附近の例をいうと、正月十一日の農立ての日の朝、今年苗代なわしろにしようと思う田に行って初鍬はつぐわをいれ、三所に餅と神酒みき洗米あらいよねとを供えて、これを早稲わせ中稲なかて晩稲おくての三通りに見立てて置く。