ひらた)” の例文
自分はこの布団を畳の上へひらたく敷いた。それから残る一枚を平く掛けた。そうして、襯衣シャツだけになって、その間にもぐり込んだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少さしょうの濃淡をもつけないので、堀割の眺望ながめはさながら旧式の芝居のひらた書割かきわりとしか思われない。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かつてボズさんと辨當べんたうべたことのある、ひらたいはまでると、流石さすがぼくつかれてしまつた。もとよりすこしもない。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
(にやけたやつぢや、國賊こくぞくちゆう!)とこゝろよげに、小指こゆびさきほどな黒子ほくろのあるひらた小鼻こばなうごめかしたのである。ふまでもないが、のほくろはきはめて僥倖げうかうなかばひげにかくれてるので。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
巡査のかざす松明はかたえ石壁せきへき鮮明あざやかてらした。壁は元来が比較的にひらたい所を、更に人間の手にってなめらかに磨かれたらしい。おもてには何さま数十行の文字もんじらしいものが彫付ほりつけてあった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かの恐しい建物と煙突とをそびやかしているが、これとは反対の方向に歩みを運ぶと、窓のないひらたい倉庫の立ちつづく間に、一条ひとすじの小道が曲り込んでいて
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時に、ひっそりした横町の、とある軒燈籠の白いあかりと、板塀の黒い蔭とにはさまって、ひらたくなっていた、頬被ほおかむりをした伝坊が、一人、後先をみまわして、そっと出て、五六歩行過ぎた、早瀬の背後うしろへ、……抜足で急々つかつか
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は濃霧の海上に漂う船のように何一つ前途の方針、将来の計画もなしに、低いひらたい板屋根と怪物のように屈曲ひねくれた真黒まっくろな松の木が立っている神戸の港へ着きました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)