小楊枝こようじ)” の例文
それもただの袋ではない。小楊枝こようじでも入れてあったのではないかと思われるような、なまめかしくも赤い紅絹もみの切れの袋でした。
早く食事を終えた兄はいつの間にか、自分のうしろへ来て、小楊枝こようじを使いながら、のぼったりりたりする鉄の箱を自分と同じように眺めていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小婢こおんなが茶を運んで来た。菓子が無いので、有り合せのなしき、数が無いので小さく切って、小楊枝こようじえて出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もとのお茶屋へ還って往くと、酒にった青柳は、取ちらかった座敷の真中に、座蒲団ざぶとんを枕にして寝ていたが、おとらも赤い顔をして、小楊枝こようじを使っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
那処あすこに遠くほん小楊枝こようじほどの棒が見えませう、あれが旗なので、浅黄あさぎに赤い柳条しまの模様まで昭然はつきり見えて、さうして旗竿はたさをさきとび宿とまつてゐるが手に取るやう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何がなるほどなのか、顎をしゃくったり、眼まぜをしたり、鼻で笑ったりして、小楊枝こようじのさきで歯をせせりながら見物していたが、そのうちに、げたげた笑い出した。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と直きそのそばに店を出した、二分心にぶしんの下で手許てもと暗く、小楊枝こようじを削っていた、人柄なだけ、可憐いとしらしい女隠居が、黒い頭巾ずきんの中から、隣を振向いて、かすれ掠れ笑って言う。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
波瑠子は店へは顔を出さずに、非常口から裏梯子うらばしごを伝ってみのりを捜しに行ったが、少女が部屋に見えなかったので、小楊枝こようじの先で障子に点字を書き残してふたたび店へ戻った。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
小初は食後の小楊枝こようじを使いながら父親を弥次やじった。自分が人を揶揄やゆすることを好んで人から揶揄されることをきらうのは都会的諷刺家ふうしかの性分で、父親はそれが娘だとぐっとしゃくさわった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は、小楊枝こようじを使いつつ、額の上に皺をよせ、斜に伸子を見上げて答えた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ゴクン、と不味まずつばを飲んだ瞬間、その黒いものが、源吉の足の下あたりに触れ、妙に湿り気を含んだ、何んともいえない異様な音……その中には、小楊枝こようじを折るような、気味の悪い音もたしかにあった。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
その合間には小楊枝こようじの先を盃に浸して膳の上に文字を書いた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
お延のこしらえてくれた縕袍どてらえり手探てさぐりに探って、黒八丈くろはちじょうの下から抜き取った小楊枝こようじで、しきりに前歯をほじくり始めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とニヤリと口を開けた、おさんの歯の黄色さ。横に小楊枝こようじを使うのが、つぶつぶと入る。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口に小楊枝こようじをくわえているところを見ると、さしずめ今朝は、お粂の興行している小屋から朝湯に出かけて、この附近で一本かたむけていたものか、あるいは、この先生のことだから
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手で片頬かたほをおさへて、打傾うちかたむいて小楊枝こようじをつかひながら、皿小鉢さらこばちを寄せるお辻を見て
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
宗助は下眼を使って、手に持った小楊枝こようじを着物のえりへ差した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからは畳を歩行ある跫音あしおともしない位、以前のおもかげしのばるる鏡台の引出ひきだしの隅に残った猿屋の小楊枝こようじさきで字をついて、膝も崩さず母親の前にかしこまって、二年級のおさらいをするのが聞える。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
んでいた小楊枝こようじを、そッぽう向いて、フッと地へ吐く。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
飽けば火鉢のへりひじつき、小楊枝こようじにて皓歯しらはをせせりながら
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)