妄想もうぞう)” の例文
ただそこで先方の答えが自身の考えに似ていれば「実にそう」とは信じぬながら不完全にもそれでわずかに妄想もうぞうをすかしている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
どうせ現在お目に懸けた臆病おくびょうです。それを弁解するんじゃないが、田圃だの、水浸しだの、と誇大に妄想もうぞうした訳ではありません。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると急に突飛な光景シーンが、津田の頭の中に描き出された。同時に変な妄想もうぞうが、今呑んでいる煙草の煙のように、淡く彼の心をかすめて過ぎた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今朝送り出した真際まぎわは一時に迫って、妄想もうぞうの転変が至極迅速すみやかであッたが、落ちつくにつれて、一事についての妄想が長くかつ深くなッて来た。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
しかし僕の家は焼けずに、——僕は努めて妄想もうぞうを押しのけ、もう一度ペンを動かそうとした。が、ペンはどうしても一行とは楽に動かなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『これは奇妙きみょう妄想もうぞうをしたものだ。』と、院長いんちょうおもわず微笑びしょうする。『では貴方あなたわたくし探偵たんていだと想像そうぞうされたのですな。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
教育家は妄想もうぞうを起させぬために青年に床にってから寐附かずにいるな、目が醒めてから起きずにいるなと戒める。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
次に「夢想」とは夢のおもいです。したがってそれは妄想もうぞうです。つまり、ないものを、あると思い迷う、今日の言葉でいえば一種の幻覚です。錯覚です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
されど帰国後吾が心には妄想もうぞう散乱し、天主デウス、吾れを責むる誘惑テンタサン障礙しょうげを滅し給えりとも覚えず。(以下略)
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もろもろ可忌いまはし妄想もうぞうはこの夜の如くまなこを閉ぢて、この一間ひとまに彼等の二人よりは在らざる如く、彼は世間に別人の影を見ずして、又このあきらかなる燈火ともしびの光の如きものありて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それらはこの世の意地わるを知らず、皮肉を知らず、淫欲いんよく妄想もうぞうに苦しめられる不眠の夜な夜なを知らぬ者のごとき顔である。単純な信仰者にのみ見られる平和の顔である。
又しても妄想もうぞうが我を裏切うらぎりして迷わする声憎しと、かしらあぐれば風流仏悟りすました顔、外には
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
机に向えばただただ神経の作用のみはげしくなりて。ますます思い乱るる妄想もうぞうをやるにところなし。散歩は至極適当の療治法なりと思えど。養父の病気中にははたの思わくもあれば。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
寝ている人も起きている人もどこにもおりそうには思えなかった。宗助は外へ出る勇気を失った。じっと生きながら妄想もうぞうに苦しめられるのはなお恐ろしかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕の誇大妄想もうぞうはこう云う時に最も著しかった。僕は野蛮な歓びの中に僕には両親もなければ妻子もない、唯僕のペンから流れ出した命だけあると云う気になっていた。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さりとては忌々いまいまし、一心乱れてあれかこれかの二途ふたみちに別れ、お辰が声を耳にききしか、吉兵衛の意見ひし/\とあたりて残念や、妄想もうぞうの影法師に馬鹿にされ、ありもせぬ声まで聞しおろか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたくし時折ときおり種々いろいろなことを妄想もうぞうしますが、往々おうおう幻想まぼろしるのです、或人あるひとたり、またひとこえいたり、音楽おんがくきこえたり、またはやしや、海岸かいがん散歩さんぽしているようにおもわれるときもあります。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一切の迷いや妄想もうぞうをうち破って、ほんとうの涅槃さとりの境地に達することができる。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
もちろんまとまりようのない、かつ考えれば考えるほど馬鹿になる考えだが、火を見詰ていると、炭の中にそう云う妄想もうぞうがちらちらちらちら燃えてくるんだから仕方がない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょうど、そのように、平素心の中が、余計な、いらざる妄想もうぞうや、執着というあかでいっぱいになっていると、いざという場合に臨んで、うろたえ騒がなくてはなりません。御婦人方でもそうです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
楊某ようぼうと云う支那人が、ある夏の夜、あまり蒸暑いのに眼がさめて、頬杖をつきながら腹んばいになって、とりとめのない妄想もうぞうに耽っていると、ふと一匹のしらみが寝床のふちを這っているのに気がついた。
女体 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「この頃室中に来って、どうも妄想もうぞうが起っていけないなどと訴えるものがあるが」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いたずらに空華くうげと云い鏡花きょうかと云う。真如しんにょの実相とは、世にれられぬ畸形きけいの徒が、容れられぬうらみを、黒※郷裏こくてんきょうりに晴らすための妄想もうぞうである。盲人はかなえでる。色が見えねばこそ形がきわめたくなる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いつか一度? だからお前のは妄想もうぞうおんなじ事なんだよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)