じん)” の例文
すさまじい形相ぎょうそうで黒い口を開けている千じんの谷の上に、美しい弧を描きながら、白い虹のように、はるばると架け渡っている。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と天幕に入ると、提げて出た、卓子を引抱ひっかかえたようなものではない、千じんの重さに堪えないていに、大革鞄を持った胸が、吐呼吸といきを浪にく。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時には二十余丈の岩盤がんばんを掘り下げたり、或いは一水を得るために、千じん谿谷けいこくへ水汲みの決死隊を募って汲ませたこともある。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じんの崖上わづかに一条のささたのみてぢし所あり、或は左右両岸の大岩すであしみ、前面の危石まさに頭上にきたらんとする所あり、一行おおむね多少の負傷をかうむらざるはなし。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
又九じんの功名を、一いてしまったのである。落胆するのは当然である。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『予章記』に、呉猛が殺せし大蛇は、たけ十余丈で道を過ぐる者を、気で吸い取り呑んだので、行旅たびびと断絶した。『博物志』に、天門山に大巌壁あり、直上数千じん、草木こもごも連なり雲霧掩蔽えんぺいす。
いきなり千じんの谷へ突落されるような、忌わしい幻影なのであった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
必然、彼のさかんなる覇気叛骨はきはんこつも、一敗地にまみれ去った。手勢の大半は、千じんの谷底へ追い落しを喰い、残余の兵をかかえて、命からがら逃げのびた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さいさゞなみ鴛鴦おしどりうかべ、おきいはほ羽音はおととゝもにはなち、千じん断崖がけとばりは、藍瓶あゐがめふちまつて、くろ蠑螈ゐもりたけ大蛇おろちごときをしづめてくらい。数々かず/\深秘しんぴと、凄麗せいれいと、荘厳さうごんとをおもはれよ。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この巴西方面から閬中ろうちゅう重慶じゆうけいの北方)のあたりは、山みな峨々として、谷は深く、嶮峰けんぽうは天にならび、樹林は千じんの下にうずもれ、いったいどこに陣し
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むこうのみねまではわたりきれずに、千じんのふかさを思わす小太郎山こたろうざん谷間たにまへとさがっていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、千じんの深さともたとうべき峡谷きょうこくには、向こうへわたる道もなく、蔦葛つたかずら桟橋かけはしもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毒薬どくやくをながした水の手へ投げこまれ、そのうえにまた、わしにくわえあげられて、千じん谷間たにまへ落ちていった竹童が、どうしてうんがいいんだか、こんなわからない話はない——という顔で。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにも抜き打ちに綱を切ッてお蝶を籠もろとも、千じんの底へ葬らなくっても、彼女が渡り着いたらそのあとから自分も細繩を手繰たぐッて籠をまねき、それに乗って向うへ渡ればよかったことだ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白いちょうみたいに、それは千じんの底へ、吸われて行った。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)