“とう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:トウ
語句割合
父20.8%
籐9.5%
等8.1%
薹6.5%
塔4.8%
疾4.8%
唐4.5%
頭3.9%
刀3.9%
当3.5%
榻2.1%
投2.1%
藤1.9%
夙1.5%
燈1.5%
統1.3%
灯1.2%
十1.0%
党0.9%
島0.8%
盗0.8%
多武0.7%
義父0.6%
十歳0.6%
既0.6%
東0.6%
娘0.5%
尊0.5%
湯0.5%
筒0.5%
董0.4%
籘0.4%
陶0.4%
通0.3%
問0.3%
登0.3%
鄧0.3%
貴0.2%
倒0.2%
搭0.2%
撓0.2%
棖0.2%
滔0.2%
滕0.2%
竇0.2%
答0.2%
蕩0.2%
透0.2%
遂0.2%
食0.2%
養父0.2%
棠0.1%
當0.1%
遠0.1%
阿父0.1%
鞱0.1%
父親0.1%
ヷ島0.1%
一頭0.1%
佟0.1%
到0.1%
十箇0.1%
垤0.1%
妬雨0.1%
嬢0.1%
孃0.1%
実父0.1%
峠0.1%
嶋0.1%
已0.1%
幀0.1%
徹0.1%
桶0.1%
棟0.1%
橈0.1%
橖0.1%
洞0.1%
燾0.1%
爺0.1%
痘0.1%
瞳0.1%
磴0.1%
糖0.1%
纛0.1%
膅0.1%
舅父0.1%
苔0.1%
訪0.1%
訪問0.1%
讀0.1%
迅0.1%
途法0.1%
鐙0.1%
閙0.1%
闘0.1%
韜0.1%
騰0.1%
鬧0.1%
黈0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
おれのお父(とう)さんが少し出すには、お前のお父さんが澤山出す何倍の骨が折れたか知れないのだ。なる程お前の兄(にい)さんは博士ではない。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
小生、今朝(こんてう)ふと応接室へ参(まゐ)り候所、この影の薄(うす)き少女、籐(とう)のテエブルの上へのしかかり、熱心に「けふの自習課題」を読み居り候。
伊東から (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また、一等(とう)室(しつ)からも、大臣(だいじん)や、高等官(こうとうかん)の顔(かお)がちょっとばかり現(あらわ)れました。しかしその人(ひと)たちの顔(かお)は、じきに引(ひ)っ込(こ)んでしまいました。
白い影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その頃ではもう嫁(い)き遲れの二十二、非凡の美しさで、娘姿に薹(とう)も立ちませんが、はたの者に氣を揉ませることは一と通りではありません。
じつは、あの犬どもは魔法(まほう)をかけられておりまして、あの塔(とう)のなかにあるたくさんの宝(たから)ものの番(ばん)をしていなければならないのです。
恐(おそ)る可(べ)き哉(かな)、己(おのれ)より三歳(みつ)弱(わか)い山田(やまだ)が既(すで)に竪琴草子(たてごとざうし)なる一篇(いつぺん)を綴(つゞ)つて、疾(とう)から価(あたへ)を待(ま)つ者であつたのは奈何(どう)です、然(さう)云(い)ふ物を書いたから
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
千山は唐(とう)の時代に開いた梵刹(ぼんさつ)で、今だに残っているのは、牛でもなければ豚でもない、ただ山と谷と巌(いわ)と御寺と坊主だけであるから
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分(じぶん)の牛(うし)より、よくない牛(うし)や、馬(うま)は、一頭(とう)だって、ここにはいないだろうと思(おも)ったほど、自分(じぶん)の牛(うし)がつまらなく思(おも)われたのであります。
百姓の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「この×××らばおれにも殺せる。」——田口一等卒はそう思いながら、枯柳の根もとに腰を下(おろ)した。騎兵はまた刀(とう)を振り上げた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それにもかかわらず、当(とう)の名探偵は、いつさめるともなく、昏々(こんこん)と眠っている。眠った上にご丁寧(ていねい)にも身動きもできず縛(しば)られている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その男の押すボタンに連れて、珠が鏡に変わるのである。部屋の広さ三十畳敷ぐらいそこに幾個か円卓があり、円卓の周囲(まわり)に榻(とう)がある。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勘次(かんじ)は其(そ)の頃(ころ)からお品(しな)のいふなりに成(な)るのであつた。二人(ふたり)は遠(とほ)くは行(ゆ)けないので、隣村(となりむら)の知合(しりあひ)へ身(み)を投(とう)じた。兩方(りやうはう)の姻戚(みより)が騷(さわ)ぎ出(だ)した。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
どすーンと音がして、空から庭のまん中に落ちてきたのは、藤(とう)の寝椅子だった。と思うまもなく、こんどはその上へ人間が降ってきて、どすン。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうこうしているうちに汽車に乗るはずの時刻は夙(とう)に過ぎた。絣姿の弟たちはステーションでさぞ待ちかねて不安でもいるのだろう。私は
突堤 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そこここのへいとへいとの間にガス燈(とう)がちらちらしていた。親方は立ち止まったとき、かれがいよいよ力のつきたことをわたしは知った。
「何んとかして下さいよ、親分。あんな怪物(えてもの)にのさばられちや、こちとらの耻ばかりでなく、神田つ子一統(とう)の耻ぢやありませんか」
本能やりばなき、血のなかのものを、義貞もいま、三条高倉邸の離亭(はなれ)の一灯(とう)に照らして、みずからの身に見ていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
目の藥と爲(なす)か知ねど然(さ)にあらず目には忌可(いむべ)き物十(とう)ありと或(ある)醫者どのに聞たりしに中にも風に中(あた)るを忌(い)み又白き物を見るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ロボの一党(とう)は、非常に数が多いようにいわれているが、私の調べたところでは、五、六頭にすぎないようだ。しかし、どれもこれも狂暴(きょうぼう)なやつばかりである。
で、エリークさん、おまえさんやわしの住んでいる、このエーランド島(とう)は、じつをいえば、いま話したチョウのからだなのさ。
相伝(あいつた)う、維亭(いてい)の張小舎、善(よ)く盗(とう)を察すと。たまたま市中を歩く。一人の衣冠甚だ整いたるが、草を荷(にな)う者に遭うて、数茎を抜き取り、因(よ)って厠(かわや)にゆくを見る。
行手を見れば、多武(とう)の峰(みね)、初瀬山(はつせやま)。歴史にも、風流にも、思い出の多い山々が屏風のように囲んでいる。
行商をしてお母さんを養っている気の毒なお義父(とう)さんを慰めてあげる事が出来るのだろうか……、何も満足に出来ない私である。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お杉は重蔵に比べると、殆ど十歳(とう)ばかりの姉であったが、何時(いつ)か此(この)二人が狎(なれ)馴染(なじ)んで、一旦は山の奥へ身を隠した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭には小さいながらも池があつて、赤い黒い、尺許りの鯉が十尾(ぴき)も居た。家の前には、其頃村に唯一つの衡門(かぶきもん)が立つてゐた。叔父の家のは、既(とう)に朽ちて了つたのである。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
東(とう)州、静海(せいかい)軍の姚氏(ちょうし)がその部下と共に、海の魚を捕って年々の貢物(みつぎもの)にしていました。
「おつぎにゐらつしやるのは醉月の娘(とう)はん、豐竹小呂昇はんと承知して居るが、こちらにゐらつしやるも一人の娘はんはどなた樣です。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
あの尊(とう)とかりし我熱情の、徒(いたず)らに消耗された事を思い嘆くあまりの、焦燥から来た我執とみなければなるまい。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
苗字(みょうじ)は湯(とう)、名は隆(りゅう)、つまり湯隆(とうりゅう)という者で、父はもと延安府(えんあんふ)の軍寨(ぐんさい)長官だったそうだが、軍人の子にもやくざは多い。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そりゃ惜しいわね。いつか一度はきっと行かなくちゃだめよ。でも、ほんとに加減が悪そうだこと。わたしの頭痛筒(とう)を貸して上げましょうか。」
「董(とう)将軍。まずよく防ぎ、よく戦い、賊兵を追ッぱらって、宋江の首を持って来給え。それを聟引出(むこひきで)として、君にわしの愛娘(まなむすめ)をやろうじゃないか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
門口より見るに、土間の中央に籘(とう)を折り加(く)べて火を燃やし、大いなる鐵の銚(なべ)を弔(つ)りたり。その下に火を吹く童ありて、こなたへ振り向くを見ればピエトロなり。
陶(とう)の器、杯などを、卓の上へ並べだした。ところへ、のっそり魯智深が近づいてきたので。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日出雄少年(ひでをせうねん)も二名(にめい)の水兵(すいへい)も默(もく)して一言(いちげん)なく、稻妻(いなづま)は終夜(よもすがら)吠(ほ)え通(とう)しに吠(ほ)えたので餘程(よほど)疲(つか)れたと見(み)え、私(わたくし)の傍(かたわら)に横(よこたは)つて居(を)る。
其一人の外被(うわぎ)に青白赤(せいはくせき)三色の線ある徽章(しるし)を佩(おび)たるは問(とう)でも著(しる)き警察官にして今一人は予審判事ならん、判事より少し離れたる所に、卓子(ていぶる)に向い何事をか書認(かきしたゝ)めつゝ有るは確(たしか)に判事の書記生なり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
一方は湖だし、いまさらひきかえすことも残念(ざんねん)だ。ゆくにしたがっていよいよ丘陵(きゅうりょう)が多くなった。一登(とう)一降(こう)、骨の折れることおびただしい。どうやら地面の光景は一変した。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ついでにいわく、支那で野猪を画いた古い例は、『晋書(しんじょ)』に、鄧(とう)氏の妻病篤く、医巫(ふ)手をこまぬき尽しても及ばず、韓支筮(ぜい)して野猪を画かせ、臥室の屏風(びょうぶ)に貼らしめて瘥(い)えたそうだ。
ただこの色を味(あじわ)えば世界を味わったものである。世界の色は自己の成功につれて鮮(あざ)やかに眼に映(うつ)る。鮮やかなる事錦を欺(あざむ)くに至って生きて甲斐(かい)ある命は貴(とう)とい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と込上げ揉立(もみた)て、真赤(まっか)になった、七顛(てん)八倒(とう)の息継(いきつぎ)に、つぎ冷(ざま)しの茶を取って、がぶりと遣ると
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出立の日重井(おもい)の発言によりて大鯰(おおなまず)の料理を命じ、私(ひそ)かに大官吏を暗殺して内外の福利を進めんことを祝しぬ。かくて午後七時頃神戸行きの船に搭(とう)ぜしは古井、稲垣および妾の三人なりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
当然、吉野朝廷のよろこびは大きく、顕家の不撓(とう)不屈(くつ)な来援は
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「棖(とう)は慾が深い。あんなに慾が深くては剛者にはなれないね。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
滔(とう)々たる血の流れの歌。酔倒の欷歔(すすりなき)。
いずれにしても孟子滕(とう)文公の章句に拠ったのは言うまでもない。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「わたくしでございますか、わたくしは、廷章(ていしょう)と申します、姓は竇(とう)でございます」
竇氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
新しいお直衣(のうし)に裾(すそ)の長い下襲(したがさね)を召してお身なりをおととのえになって、客の礼に対する答(とう)の拝礼を階下へ降りてあそばされたが、大将もりっぱであったし、宮もきわめてごりっぱなお姿と見えた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼輩衣食のために無益の事を繁(しげ)く興し、あるいは奸民と結託し、あるいは謄記料を撤免してまでも、日本国光の一大要素たる古社神林を棄市凌遅(りょうち)同然の惨刑に処し、その山を赭にしその海を蕩(とう)し
医者は煙管(きせる)にタバコをつめながら始終ニコ/\して、そんな昔語(むかしかた)りが楽しさうだつた。強い近眼鏡を透(とう)して見える彼の眼は、正午の猫のやうに細くて愛嬌がある。
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
『あ、もう十二時が遂(とう)に過ぎて居る。』と云ツて、少し頭を拈(ひね)ツて居たが、『怎だ君、今夜少し飲まうぢやないか。』
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その痛さより、身は砕(くだ)くるかと思えども、なおも命はあらしゃった。されども慈悲(じひ)もある人の、生きたと見てはとても食(とう)べはせまいとて、息を殺し眼(め)をつぶっていられたじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「ところがです……ここで今一つお尋ねしますが貴方は……貴方のお養父(とう)様でもおなじ事ですが、この三ツの事件を別々に引き離してお考えになった事は、ありませんか」
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女(むすめ)棠(とう)が死んでから半年(はんねん)の間、五百(いお)は少しく精神の均衡を失して、夕暮になると、窓を開けて庭の闇(やみ)を凝視していることがしばしばあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
長女純(いと)は馬場氏に嫁し、三女棠(とう)は山内氏を襲(つ)ぎ、次女よし、三男八三郎、四男幻香(げんこう)は亡くなっていたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
當(とう)時、私(わたし)の一家は長崎(さき)に住(す)んでゐた。その長崎(さき)には、下岡蓮杖翁(おう)と並(なら)んで、日本寫眞(しん)界(かい)の元祖(ぐわんそ)である上野彦馬翁(おう)が同じく住(す)んでゐた。
本石町の小西と淺沼(あさぬま)、今川小路(ぢ)の進(しん)々堂(どう)——それらが當(とう)時の有(ゆう)名な店(みせ)だつたが、とにかく東京(けう)にも寫眞器屋(しやしんきや)などはまだ數(かぞ)へるほどしかなかつたやうに思(おも)ふ。
海岸(かいがん)に沿(そ)ふて行(ゆ)く事(こと)七八町(ちやう)、岩層(がんそう)の小高(こだか)い丘(をか)がある、其(その)丘(をか)を越(こ)ゆると、今迄(いまゝで)見(み)えた海(うみ)の景色(けしき)も全(まつた)く見(み)えずなつて、波(なみ)の音(おと)も次第(しだい)/\に遠(とう)く/\。
ほと/\堪(た)えられぬ臭氣(しゆうき)、氣(き)も、魂(たましひ)も、遠(とう)くなる程(ほど)で、最早(もはや)此(この)腐(くさ)つた魚(さかな)とは一刻(いつこく)も同居(どうきよ)し難(がた)く、無限(むげん)の恨(うらみ)を飮(の)んで、少年(せうねん)と二人(ふたり)で、沙魚(ふか)の死骸(しがい)をば海底(かいてい)深(ふか)く葬(ほうむ)つてしまつた。
そら、媒人(なこうど)でしょう家(うち)は? だから、阿父(とう)さんも阿母(かあ)さんも早めに行ってないと不好(いけない)って、先刻(さっき)出て行ったのよ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
花模様の丸ボヤの洋灯(ランプ)の下(もと)で、隅ではあったが、皆と一つ食卓に対(むか)い、若い雪江さんの罪の無い話を聴きながら、阿父(とう)さん阿母(かあ)さんの莞爾々々(にこにこ)した面(かお)を見て、賑(にぎや)かに食事して
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夜が明けると、邸内のお長屋から、槍や鞱(とう)(革のしない)を持った侍たちが、ぞろぞろと籾蔵(もみぐら)の前の空地へ出て行った。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日吉は、前へ泳いで、辛くも踏み止まったが、そこらにある稽古槍にも鞱(とう)にも手を出さなかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お母親(かあ)さんが早く死去(なくな)り、お父親(とう)さん一人きりになっている、その大切なお父親(とう)さんの側に坐り込み、耳を澄ますのを習慣としていた。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
という声が聞こえた時、両耳の辺ばかりにわずかの髪をのこしている、お父親(とう)さんの禿(はげ)た頭が上がり、声の来た方へ向いたので、お蘭もそっちへ顔を向けた。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしたゞ一(ひと)つ今(いま)から四十年前(しじゆうねんぜん)(一八九二年(ねん))にオランダの軍醫(ぐんい)デヨボアといふ人(ひと)が、南洋(なんよう)ジャヷ島(とう)のトリニールといふ所(ところ)で發見(はつけん)した骨(ほね)が
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
そして、その中(なか)には、黒(くろ)い鉄(てつ)のがっしりしたかごの中(なか)に、一頭(とう)の大(おお)きなくまが、はいっていました。
汽車の中のくまと鶏 (新字新仮名) / 小川未明(著)
七郎の子は登(とう)に漂泊(ひょうはく)していって、姓を佟(とう)と変えていたが、兵卒から身を起し、軍功によって同知将軍になって遼陽(りょうよう)に帰って来た。武はもう八十余であった。そこで武はその父の墓を教えてやった。
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「精神(せいしん)一到(とう)何事(なにごと)かならざらん」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「お前も聽いたことだらうが、天井裏に旦那の隱したのは三千兩、三百兩包みが十箇(とう)だといふが、死骸の傍で見付けたのは三つだけだ、あと二千兩といふ金は、何處へ行つたか、見當はつかないか」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
この蟻は地下きわめて深く巣をうがち発掘せる土をもって垤(とう)を造る。時に直径三四十尺に及ぶことあり。しかして諸方面に巣より付近の植物に通ずる道路を設く。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
花に妬雨(とう)多き日本(にほん)を離れつゝ
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
『嬢(とう)ちやんだすか、可愛らしいおますな。』
日記のうち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
此方(こつち)へ來やはつてから、何んぼにもならん中(うち)や、そいでも三四年してからやつたかなア、孃(とう)やんが生れて直(ぢ)き死にやはつて、奧さんが墓參りに行きやはると、何んでも寒い時で
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「おりを見て荏原(えばら)屋敷へ忍び入り、お実父(とう)様の敵(かたき)を討たなければ……」
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
峠と書いてタワ又はタヲと読ませているものが中国には可なり多く、四国には滑峠(なめつとう)、天(てん)ヶ峠(とう)の如くトウと読ませているものさえある。
峠 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
前(まへ)に申(まを)しましたとほり、かの立派(りつぱ)なエヂプトの文明(ぶんめい)も、クリート嶋(とう)にあつたギリシア以前(いぜん)の非常(ひじよう)に進(すゝ)んだ文明(ぶんめい)も、皆(みな)青銅(せいどう)の時代(じだい)に屬(ぞく)してゐることを忘(わす)れてはなりません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
もう已(とう)に音楽は始まっていた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それであるのに、この一幀(とう)の画を戦火から救っておこうとした、あの発作的の行動は、そもそもどこから生れて来たものであろうか。鶴見にはそれも一つの不思議である。
そして、目的は、相手を負かそうとか、自分の主張をあくまでも徹(とう)そうとか、そういう浅薄な野心は毫末(ごうまつ)もない。ただ自分を忘れて、道のために議するという風(ふう)の態度がありあり見える。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
三輪の萬七は血眼(ちまなこ)でした。小さい路地の内外を鐵桶(とう)の如く堅めて、さて路地の一番奧の家、八五郎の宿へ向つたのです。
第二十一子模(ぼ)を瀋(しん)王とし、第二十二子楹(えい)を安(あん)王とし、第二十三子桱(けい)を唐(とう)王とし、第二十四子棟(とう)を郢(えい)王とし、第二十五子𣟗(い)を伊(い)王としたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
熱田の花の頭(とう)などは、書物に由っては「花の堂」とも「花の橈(とう)」ともさまざまの字を当てているが、これを諏訪の花会(はなえ)の古式に比べて見れば「花の頭(とう)」と書くことの正しいのが分る。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
堂に法華(ほっけ)と云い、石に仏足(ぶっそく)と云い、橖(とう)に相輪(そうりん)と云い、院に浄土と云うも、ただ名と年と歴史を記(き)して吾事(わがこと)畢(おわ)ると思うは屍(しかばね)を抱(いだ)いて活ける人を髣髴(ほうふつ)するようなものである。見るは名あるがためではない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
〔譯〕學(がく)は自得(じとく)を貴(たふと)ぶ。人徒(いたづら)に目を以て有字の書を讀む、故に字に局(きよく)し、通透(つうとう)することを得ず。當(まさ)に心を以て無字の書を讀むべし、乃ち洞(とう)して自得するところ有らん。
予(わたし)(聊斎志異の著者、蒲松齢)の姉の夫の祖父に宋公、諱を燾(とう)といった者があった。それは村の給費生であったが、ある日病気で寝ていると、役人が牒(つうちじょう)を持ち、額(ひたい)に白毛のある馬を牽(ひ)いて来て
考城隍 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
村は一月晩(ひとつきおく)れでも、寺は案外陽暦(ようれき)で行くのがあって、四月八日はお釈迦様(しゃかさま)の誕生会(たんじょうえ)。寺々の鐘(かね)が子供を呼ぶと、爺(とう)か嬶(かあ)か姉(ねえ)に連れられた子供が、小さな竹筒を提(さ)げて、嬉々(きき)として甘茶(あまちゃ)を汲みに行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
小野氏に寄せた書は「閏月十日」の日附があつて、広江夫妻に寄するものに先(さきだ)つこと十五日である。前書を裁した時痘(とう)を病んでゐた陽が、後書を裁する時既に愈(い)えてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
あるは瞳(とう)々のぼり來る旭日の光見る如し。 135
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
わが昔の知人(しるひと)の僅に生き殘れるは、西班牙(スパニア)磴(とう)の下なるペツポのをぢのみにて、その「ボン、ジヨオルノ」(好日)の語は猶久しく行人の耳に響くなるべし。
ものにおびえるような目(め)つきは、日(ひ)に幾回(いくかい)となく、ゲリゾン注射(ちゅうしゃ)や、ぶどう糖(とう)注射(ちゅうしゃ)や、ときには輸血(ゆけつ)をもしなければならなかったので、そのたび苦痛(くつう)を訴(うった)えて、泣(な)き叫(さけ)ぶ事実(じじつ)を語(かた)るのであります。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
騎馬に乗った呼韓邪単于(こかんやぜんう)と、白馬に乗った王昭君と、同じような白馬ではあったけれど、やや貧弱な白馬に乗ったK、即(すなわ)ち私とを廻(めぐ)って、纛(とう)だの旗だの盾だの仏狼機(ふつろうき)だの、弓だの
沙漠の美姫 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うやうやしく献上(けんじょう)したものだったが、膅(とう)が磨滅した、役にもたたぬ廃物同様の古砲だったので、家光は激怒して、そっくりつっ返させたその四門の加農砲だったのである。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「す! すみません! ……お舅父(とう)様! もう何もかも申しあげてしまいます。ですけれど、今は、心が取りみだれて、何からお話してよいやら分りませぬ。あとで、心静かに、書き認(したた)めてお手元までさし出しまする」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕗(ふき)の苔(とう)が小さい頭をだしていたので、これをつまんで薬味として加えたところ、鼻の奥に涼香漂い舌端に爽烈の気を呼んで、思いがけなく心に佳饌の趣を催したのであった。
食指談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
外(はづ)さず話しなば必ず縁談(えんだん)整(とゝ)のはんと彼の富澤町なる甲州屋吉兵衞の次男千太郎の身持(みもち)を篤(とく)と探(さぐ)りしに何所(いづれ)で訪(とう)ても能(よき)若者なりと賛成(ほめ)ざる者の無かりしかば其趣きを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
細川は軽く点頭(うなず)き、二人は分れた。いろいろと考え、種々(いろいろ)に悶(もが)いてみたが校長は遂にその夜富岡を訪問(とう)ことが出来なかった。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
舞踏を善くする某(なにがし)の如く、わが舞場に出でゝ姿勢の美を闕(か)くを憾(うら)むものあり、文法に精しき某の如く、わが往々讀(とう)に代ふるに句を以てするを難ずるものあり。
何のために生きているかということが、はっきりしているからこそ、私は主観的には迅(とう)に悲劇を脱却しているわけです。
「おりかさん、あんたに逢ふてどないして居やはりました。途法(とう)ない困つて居りましたやろ。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
木村夫人鐙(とう)子は、田口卯吉の姉であったと聞いている。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
翌日、自動車でゆくと、大へんな雑閙(とう)があり、そういうところに何ということであろう餓死人が倒れたまま放っておいてあるのだった。
成程(なるほど)、一日(いちにち)の苦闘(とう)に疲(つか)れて家(いへ)に歸(かへ)ツて來る、其處(そこ)には笑顏(ゑがほ)で迎(むか)へる妻子(さいし)がある、終日(しうじつ)の辛勞(しんらう)は一杯(いつぱい)の酒(さけ)の爲(ため)に、陶然(たうぜん)として酔(え)ツて、全(すべ)て人生の痛苦(つうく)を忘(わす)れて了ふ。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ここでは、初心(しょしん)に木剣を持たせなかった。上泉伊勢守の門で考案したという韜(とう)という物を使っている。革(かわ)のふくろに割竹をつつみこんだ物である。鍔(つば)はない、革の棒だ。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「むかしから雪中に虎に遭うの夢は不祥の兆(しらせ)としてある。もしや上洛中の大殿騰(とう)将軍の君に、何か凶事でも起ったのではなかろうか」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したがって厩橋城下は殷賑(いんしん)を極め、武士の往来は雑鬧(とう)し、商家は盛んに、花街はどんちゃん騒ぎの絶え間がなかったという。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
『敬斎古今黈(とう)』三に、騾は必ずしも驢種馬子でなく、自ら騾の一種があるので、生まるる時必ず母の腹を剖(さ)かねばならぬとあるなど、騾の牝が子を産まぬについて、種々虚構した説だ。