“登”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
のぼ70.7%
あが15.8%
のぼり3.8%
のぼる3.0%
とう2.3%
の0.8%
のは0.8%
のぼっ0.8%
のぼら0.8%
みの0.8%
ノボル0.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
もう好(い)い加減(かげん)歩(ある)いて行(い)つて、谷(たに)がお仕舞(しまひ)になつたかと思(おも)ふ時分(じぶん)には、また向(むか)ふの方(はう)の谷間(たにま)の板屋根(いたやね)から煙(けむり)の立(た)ち登(のぼ)るのが見(み)えました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
先達(せんだっ)て私(わたくし)は或るお方のお供をいたして、堀越(ほりこし)團(だん)十郎(ろう)と二人で草津へ参って、彼(か)の温泉に居りましたが、彼処(あすこ)は山へ登(あが)るので車が利きません。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼我等を岩の截られたる處にみちびき、こゝに羽をもてわが額を打ちて後、我に登(のぼり)の安らかなるべきことを約せり 九七—九九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
作右衛門の子登(のぼる)は越中守宣紀(のぶのり)に任用せられ、役料共七百石を給わって、越中守宗孝(むねたか)の代に用人を勤めていたが、元文三年に致仕した。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
宗立本(そうりゅうほん)は登(とう)州黄(こう)県の人で、父祖の代から行商を営(いとな)んでいたが、年の長(た)けるまで子がなかった。
シテ酒家ニ付セ使(し)メズ/老後功名古暦ノ如シ/酔来顔色唐花ノ似(ごと)シ/東風料峭トシテ天街遠ク/疾(やまい)ヲ力(お)シテ還(ま)タ下沢車ニ登(の)ル〕
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
善吉(ぜんきち)は、じっと上(うえ)を仰(あお)いでいたが、垣根(かきね)のすき間(ま)からくぐり込(こ)んで、地主(じぬし)の屋敷(やしき)にはいると、そのすぎの木(き)に近寄(ちかよ)って、するすると登(のは)りはじめたのです。
高い木と子供の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大分騒々敷(そうぞうし)い容子(ようす)だが烟(けぶり)でも見えるかと云うので、生徒等(ら)は面白がって梯子(はしご)に登(のぼっ)て屋根の上から見物する。何でも昼から暮(くれ)過ぎまでの戦争でしたが、此方(こちら)に関係がなければ怖い事もない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
良(まこと)に朕が訓導(くんだう)の明(あきらか)ならざるに由(よ)りて、民多く罪に入れり。責(せ)めは一人(ひとり)に在り。兆庶(てうしよ)に関(あづ)かるに非(あら)ず。宜しく寛宥(くわんいう)を存せ令めて仁寿(にんじゆ)に登(のぼら)せ、瑕穢(かゑ)を蕩(たら)して自(みずか)ら新(あらた)にする事を許すべし。天下に大赦(だいしや)す可(べ)し。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それは寛正の頃、東国大(おおい)に旱魃(かんばつ)、太田道灌(おおたどうかん)江戸城にあって憂い、この杉の森鎮座の神にお祷(いの)りをした験(しるし)があって雨降り、百穀大に登(みの)る。
また助詞の「の」「登(ノボル)」「後(ノチ)」「殿(トノ)」などの「ノ」は「能」の類の文字を用いて、勿論(もちろん)以上の二つと別である。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)