とう)” の例文
しかし胴のふとり方の可憐かれんで、貴重品の感じがするところは、たとえばふきとうといったような、草の芽株に属するたちの品かともおもえる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その頃ではもうき遲れの二十二、非凡の美しさで、娘姿にとうも立ちませんが、はたの者に氣を揉ませることは一と通りではありません。
珊瑚樹垣さんごじゅがきの根にはふきとうが無邪気に伸びて花を咲きかけている。外の小川にはところどころ隈取くまどりを作って芹生せりふが水の流れをせばめている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
能登の鹿島かしま郡でスギナノトー、越中上新川郡ではスギナコート、コートはふきなどのとうのことだから、これも杉菜の方を主にしたのである。
ちっととうが立ち過ぎて使う方でも使いにくくて困るといったもの……十四にもなってぶらぶら子供を遊ばして置く家があると
同八年正月三日徳川殿謡初うたいぞめにかの兎を羹としたまえり松平家歳首さいしゅ兎の御羹これより起る、林氏この時ふきとうを献ぜしこれ蕗の薹の権輿はじまりと云々
石垣の草には、ふきとうえていよう。特に桃の花を真先まっさきに挙げたのは、むかしこの一廓は桃の組といった組屋敷だった、と聞くからである。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
越しているから、お嫁さんとしては若い方じゃないが、お婿さんだってもうい加減とうが立っている。何だか縁がありそうに思えて仕方がない
変人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
並んで腰を下しながら、途の土手で見つけて来たふきとうを見せると、ん、もうそんな節になったのだと、目を細めて呟いた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
お前さん方がおっしゃるから、お玉も来年は二十はたちになるし、余りとうの立たないうちに、どうかして遣りたさに、とうとうわたしは折れ合ったのだ。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
梅干を使わない時はものこしらえるとか百合のない時には款冬ふきとうとかあゆのウルカとか必ず苦味と酸味を膳の上に欠かないのが五味の調和だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その周りに三人の女を置いて男達はその外から手を拡げながら丁度蕗のとうのように女達を包んで互に温度を保ち合った。
時間 (新字新仮名) / 横光利一(著)
路傍みちばたにはもうふきとうなどが芽を出していました。あなたは歩きながら、山辺やまべ野辺のべも春のかすみ、小川はささやき、桃のつぼみゆるむ、という唱歌をうたって。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いつか観音谷で、つながふきとうを摘んでいたときのことである。そんな物は見るのも初めてで、なんという植物であるかさっぱりわからなかった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
誠に恥かしいが、これに居るのは私の娘で、年は廿一に成ってとうに立って、誠にい縁がありませんが、あの炭屋さんを
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さながらに漬物の味見でもするように、異性の性愛の芽立ちからとう立ち迄、又はなまなれからほんなれへとあさり歩きます。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
桑畑くはばたはしはうとうつた菜種なたねすこ黄色きいろふくれたつぼみ聳然すつくりそのゆきからあがつてる。其處そこらにはれたよもぎもぽつり/\としろしとね上體じやうたいもたげた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
庭におくれ咲きのとうのたった福寿草。草花が、剪り花ながら新陳代謝早くなり、じき水がくもるようになって来た。
「番頭さん。一体あのお此さんという子は、なぜいつまでも独りでいるんですね。いい子だけれども、惜しいことにちっととうが立ってしまいましたね」
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
池のはたに出ていたふきとうがのびだした。空がかされて日の影がなく日が暮れた。春がめぐって来たのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ふきとうんだ小笊こざるの中へ、藪椿やぶつばきを一枝折って、それを袂にかかえながら、彼女はわが家の台所口へ戻って来た。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが女中だとか、娘にしても出戻り娘とか何とかとうのたつた女ならとにかくとして、四十三にもなつて、女学生の主家の娘と通じることは良心が許さぬ。
古都 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
思兼尊はこう云うと、実際つまらなそうな顔をしながら、どこかで摘んで来たらしいふきとうにおいぎ始めた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
早春、崖の南側のだまりに、ふきとうが立つ頃になると、渓間の佳饌かせん山女魚は、にわかに食趣をそそるのである。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
時勢はいつまでも彼を娘と見るような甘いものでもなく、彼もまたとうのたった女男おんなおとこになってしまったが、娘ぶりより、御後室の方がまだしも気味わるくない。
そういう事情から、泰文の気持が浮きあがっているので、とうのたった古女房のことなどはどちらでもよく、白女のいうことなどは身にしみて聞いてもいなかった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いずれ坊主どもの食用であろうが、その食い残りの菜にとうが立って花が咲いた、という風に解せられる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
花は兎に角、吾儕われら附近あたりは自然の食物には極めて貧しい処である。せり少々、嫁菜よめな少々、蒲公英たんぽぽ少々、野蒜のびる少々、ふきとうが唯三つ四つ、穫物えものは此れっきりであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
堀は本所小梅町にいるころ、私に言問のおだんごを持って来てくれ、追分にいて達者な時には冬も温かい清水に生える芹とか、春先には蕗のとうをさげて上京して私にくれた。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
なんと楽しげな生活がこの溪間にはあるではないか。森林の伐採。杉苗の植付。夏の蔓切。枯萱を刈って山を焼く。春になるとわらびふきとう。夏になると溪を鮎がのぼって来る。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ふきとうは土を破り、紫のすみれは匂いを発し、蒲公英たんぽぽの花は手を開き、桜草は蜂を呼んでいた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四月上旬には此処から残雪があって、法師の手前のムタコ沢の落合まで断続していた。其頃は新緑も未だ萌えず、路傍のふきとうだけが雪解の跡の赤土から淡緑の頭をもたげていた。
三国山と苗場山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いわゆるフキのとうである。中央に一本の茎があってその周囲に淡緑色の多数の大形鱗片を着ける。茎頂に沢山な白色頭状花が聚り着き、その各頭状花は多数の小花より成っている。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
嫌がらない人になれば銭をてて渋うるかを買って食べて喜んでいる。ふきとうを温灰焼にして食えば苦いには違い無い、しかし中々佳い味だ。甘いものは好む人が多いには相違無い。
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
というとうの立ちすぎた女の声が、やぶから棒に聞こえて来たから、富五郎が槌の手を休めてヒョイと戸口の方を見やると、田原町の家主喜左衛門といっしょにいろいろ面倒を見てやった
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
早く春になったら、どんなに楽しい事だろう、日向の小高い丘に軟く暖く香高い土があらわれて、ふきとうが上衣を脱ぎ、水晶の様に澄んだ水が、小川を流れ、小魚がピチピチ泳いでいる。
春の土へ (新字新仮名) / 今野大力(著)
もっとも、最近の娘形は、とうが立つ以上にすさまじいものになってしまったけれども。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
つぼみと、それを包むとうとは、赤と白とを市松格子形いちまつこうしがた互層ごそうにして、御供物おくもつの菓子のように盛り上っている。花として美しく開くものは、つぼみとしてまず麗わしく装わねばならなかった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
春さきゃ啖呵たんかがじきに腐るんだ。かけてえ慈悲にも、じきにとうがたつんだ。世を忍ぶもこの位牌ゆえ、人を切ったもこの位牌ゆえ、——すなおに白状しろとお位牌がにらんでおるじゃねえか。
冬至には、三吉の家でも南瓜かぼちゃ蕗味噌ふきみそを祝うことにした。蕗のとうはお雪が裏の方へ行って、桑畑の間を流れる水のほとりから頭を持上げたやつを摘取って来た。復た雪の来そうな空模様であった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
枯れ芝の中に花さくふきとうを見いでて、何となしに物の哀れを感じはべる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
灰汁あくがぬけると見違えるような意気な芸者になったりするかと思うと、十八にもなって、振袖ふりそでに鈴のついた木履ぽっくりをちゃらちゃらいわせ、陰でなあにととぼけて見せるとうの立った半玉もあるのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
睡れずに過した朝は、暗いうちから湿った薪を炉にくすべて、往来を通る馬子まごの田舎唄に聴惚れた。そして周囲のもの珍しさから、午後は耕太郎を伴れて散歩した。ふきとうがそこらじゅうに出ていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
とうがたってはお終いだから……」
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ふきとうの舌を逃げゆくにがさかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
その頃にしては少しとうの立ちかけた二十歳はたち、さして美しくはありませんが、育ちのせいか垢抜あかぬけがして、娘らしい魅力に申分はありません。
これまではもっと巧みだったが、いまではもうとうが立ってしまった。みじめだなと、功兵衛は相手から眼をそらした。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
フクタチ 茎立くきだちすなわち蔬菜の春になってとうに立つことであるが、それをククタチと呼んだのは古く、東北ではまた一般に始めのクをハ行に発音していて
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ふきとうのゾックリ出た草地に足を投げ出して、あたりを見はらすのが、六にとって何よりの楽しみなのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少しばかりとうは立っていたが、恋人同志には相違ない、鬼火の姥と範覚とであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)