飛瀑ひばく)” の例文
高々と持ち上げた手桶から、ドッと一条の飛瀑ひばく、熟睡した東作の眼へ鼻へ口へ、いや、顔も襟も胸も、上半身一ぱいにブチまけたのです。
ドストエフスキーを読んで落雷に出会ったような心地のした私は更に二葉亭に接して千丈の飛瀑ひばくに打たれたような感があった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
或は激湍げきたんあわを吹いて盛夏なほ寒しといふ白玉はくぎよくたにがは、或は白簾はくれんにじを掛けて全山皆動くがごとき飛瀑ひばくの響、自分は幾度足を留めて、幾度激賞の声を挙げたか知れぬ。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
つつがなく、生命の自然そのままに持っていようとすることの方が——那智の巌下がんかに千尺の飛瀑ひばくをこらえているよりは、どんなに、苦しいか、むずかしいか。
煤煙ばいえんにとざされた大都市の空に銀河は見えない代わりに、地上には金色の光の飛瀑ひばくが空中に倒懸していた。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あの時は飛瀑ひばくの音、われを動かすことわがこころのごとく、いわおや山や幽𨗉ゆうすいなる森林や、その色彩形容みなあの時においてわれを刺激すること食欲のごときものありたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
早川の水がかれて淵を成すところ、激して飛瀑ひばくを成すところ、いずれもよき画題である。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
俥をりて白羽坂しらはざかえてより、回顧橋みかへりばしに三十尺の飛瀑ひばくみて、山中の景は始て奇なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
趣味の何物たるをも心得ぬ下司下郎げすげろうの、わがいやしき心根に比較していやしむに至っては許しがたい。昔し巌頭がんとうぎんのこして、五十丈の飛瀑ひばくを直下して急湍きゅうたんおもむいた青年がある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
深山のあちこち幽谷の諸所に桜の花が夢のように咲き、様々の小鳥が樹々のこずえで春をことほいで啼いている。ところどころに飛瀑ひばくが懸かり、幾筋かに分れた谿流が岩を洗って流れている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その実谷の奥をさぐれば無数の温泉が渓流けいりゅうの中に噴きで、明神みょうじんたきを始めとしていくすじとなく飛瀑ひばくかかっているのであるが、その絶景を知っている者は山男か炭焼きばかりであると云う。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一つは三段に分れて合せて六十尺ぐらいの飛瀑ひばくをなしており、深夜になると滝の音でピストルの音でも分らぬぐらい、別して、母屋のこのへんは滝のすぐ下だから、音がたちこめている。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
飛瀑ひばくを見るごとき白髯、茶紋付ちゃもんつきに紺無地甲斐絹かいきの袖なしを重ねて、色光沢つやのいい長い顔をまっすぐに、両手を膝にきちんとすわっているところ、これで赤いちゃんちゃんこでも羽織れば
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大風たいふう颯々さっさつたる、怒濤どとう澎湃ほうはいたる、飛瀑ひばく※々かくかくたる、あるいは洪水天にとうして邑里ゆうり蕩流とうりゅうし、あるいは両軍相接して弾丸雨注うちゅうし、艨艟もうどう相交りて水雷海をかすが如き、皆雄渾ならざるはなし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
フイモン附近には、四つの飛瀑ひばくがあり、富岡はフイモンは馴染なじみの場所である。加野は釣りに行く気はない。そんな悠々とした気持ちにはなれなかつた。久しぶりに山の中から戻つて来たのである。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
それよりして奥入瀬川おいらせがは深林しんりん穿うがつてとほる、激流げきりう飛瀑ひばく碧潭へきたんの、いたところに、松明たいまつごとく、ともしびごとく、ほそくなりちひさくなり、またひらめきなどして、——くち湖畔こはんまでともなつたのは、この焚火たきび
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
高々と持ち上げた手桶から、ドツと一條の飛瀑ひばく、熟睡した東作の眼へ鼻へ口へ、いや、顏も襟も胸も、上半身一ぱいにブチまけたのです。
それは量にしては、小柄杓一ぱいのわずかな湯であったが、茶室の静寂しじまをやぶるただひとつの音であった。聞きようによっては、とうとうと滝つぼへおとす千丈の飛瀑ひばくとも大きく聞える。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)