迂廻うかい)” の例文
そこには平安がある。足は大地を踏むからである。あの個人道に見られる焦慮と執着とは、危険に充ちた迷路を迂廻うかいするからではないであろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
牛の牢という名は、めぐりの石壁いしかべけずりたるようにて、昇降のぼりくだりいとかたければなり。ここに来るには、よこみちを取りて、杉林すぎばやし穿うがち、迂廻うかいしてくだることなり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
街道は白く弓なりに迂廻うかいしているのでたちまち私は彼らのはるか行手の馬頭観音のほこらの傍らに達し、じっと息を殺してうずくまったまま物音の近づくのを待伏せした。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
勿論、須田町すだちょうの方から廻ってゆく道がないでもないが、それでは非常の迂廻うかいであるから、どうしても九段下くだんしたから三崎町の原をよぎって水道橋へ出ることになる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ある者は塀をよじ昇って、ある者は門を迂廻うかいして、恒川氏と二人の警官とが、怪物のあとを追った。麹町の司法主任けは、なお取調を行う為に、邸内に残った。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
グルリと道が迂廻うかいした時、にわかに光景が一変した。岩組も谷も影を隠し、切り立ったような山の斜面が、左右に聳えている真ん中を、ウネウネと道が付いていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
病気がやや平らになったを見計らって大阪商船の末永支配人が附添い、四月五日在留日本人の某々らに送られて心淋しくも露都を出発し、伯林ベルリン迂廻うかいして倫敦ロンドンに着し
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
一直線に行けば近くとも、自分の前に人があらば迂廻うかいして行くだけの遠慮がなくてはならぬ。しかし迂廻の必要があるからとて、進むことを中止するのは卑怯ひきょうである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
見す見す閑地の外を迂廻うかいして赤羽根の川端まで出て見るのも業腹ごうはらだし、そうかといって通過ぎた酒屋の角まで立戻って坂を登り閑地の裏手へ廻って見るのも退儀たいぎである。
また一説には「ミワ」は「水曲みわ」である、初瀬川の水がここで迂廻うかいするところから、この山にミワの山と名をつけた、それが社の名となり、社を祭る酒の器の名となった
だんだん近づくにしたがって、路は丘のすそを縫って松の間を右の方へ迂廻うかいしている。私の周囲には木の下やみがひたひたとひろがって、あたりは前よりも一層暗さが濃くなっている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼の住んでいる山懐やまふところの傾斜の下まで、海岸伝いに大きな半円を描いた国道に出るのであったが、しかし、その国道を迂廻うかいして帰るのが、彼にとっては何よりも不愉快であった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
が、豊後水道ぶんごすいどうから侵入した編隊は佐田岬さたみさき迂廻うかいし、続々と九州へ向うのであった。こんどは、この街には何ごともなかったものの、この頃になると、にわかに人も街も浮足立って来た。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
二年生時分から巡航船という、河々を通る石油発動機の船ができ、車夫が、この船を襲撃して大騒動を起したりしたが、速力がのろいし、迂廻うかいするので余り乗らなかった。乗る金もなかった。
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
小屋で二十分ほど休んで八時半に出発する。しばらく登って尾根に出ると右の方にも道が通じている。何気なくそれを辿って行くと、しだいに右に迂廻うかいして少しずつではあるが、しだいに下って行く。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
たるみがあるので、この辺から前面を望めば頂上も格別遠くなく仰ぐことが出来るけれども、この日はミズゴケ採集のため迂廻うかいして少なからぬ時間を費したので、頂上まで登って充分の採集をして
利尻山とその植物 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
汽車が濃尾のうび平野を横断して、伊吹山いぶきやまふもと迂廻うかいしながら、近江おうみ平野に這入っても、探偵も老翁も姿を見せない。前の男は平気でグウグウ寝ている。私はズキンズキン痛む頭を抱えてウトウトし出した。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
この自動車道は雲仙で一番見事な道路で野岳の山脚さんきゃくを大廻りするため、勾配もカーヴも緩慢かんまんでドライヴには持って来いであるが、その代り旧山道さんどうなら三里に足らぬところを六里も迂廻うかいするのであった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
宮内は治部太夫を殺してから、直ぐ滝沢峠を迂廻うかいして逃亡した。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
美は迂廻うかい錯綜さくそうとを要求しない。加工し工夫するなら生命は失せるであろう。丹念とか精密とかいうことは技巧上のことであってただちに美のことではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
建物をグルッと迂廻うかいして、例の裏口のドアの外側へ来て見ると、如何いかにも、その辺は海岸の白砂と黒い土との混り合ったような、シットリと湿った土地であったから
グルリ迂廻うかいしてやり過ごした。眼についたは百姓屋、馬小屋に馬がつないである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
法師丸は間道を通ってU字型の上部の切れ目から一旦包囲の外へのがれ、敵の陣営の裏側を迂廻うかいして、あたかもU字の最下部のところ、城の大手おゝてと向い合った本陣のうしろへ出たのであったが
慣れない田圃道たんぼみちを、忍耐と、目測と、迂廻うかいとを以て進むものですから、見たところでは、眼と鼻の距離しかないあの森の、銀杏の目じるしまで至りつくには、予想外の時間を費しているものらしい。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丘を迂廻うかいして、さいぜん治良右衛門の駈け去った方角へと、真青になって走り出した。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ある所では路が全く欠けてしまって、向うの崖からこちらのがけへ丸太を渡したり、さんを打った板をけたり、それらの丸太や板を宙でつなぎ合わして、崖の横腹を幾曲いくまがりも迂廻うかいしたりしている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とも角も、三谷のいった怪屋をしらべて見ることにして、一人の巡査を、念の為に、塀の所へ残して置いて、三谷青年を先頭に、恒川警部ともう一人の巡査とが迂廻うかいして、その家の表口に廻った。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
湖水の岸を迂廻うかいして先廻りをする様な、完全な道路もない。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)