草庵そうあん)” の例文
……霧の下りて来る季節で、朝な朝な、草庵そうあんの周囲は灰白色のとばりに包まれた、そして日が高く昇ると、雪のある甲斐駒の嶺がまぶしくぎらぎらと輝いた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
建文の草庵そうあんの夢、永楽の金殿きんでんの夢、其のいずれか安くして、いずれか安からざりしや、こころみに之を問わんと欲する也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何にでも刺戟しげきされやすい癖に、どんな刺戟にもえ切れないと云った風の、今の兄さんには、草庵そうあんめいたこの別荘が最も適していたのかも知れません。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いほうとはいいながら、夜に入ると、春もまだ二月、草庵そうあんともしは、半兵衛のる声に、寒々と揺れた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土地の者は魏法師のことばに従って、藤葛ふじかずらたにを越えて四明山へ往った。四明山の頂上の松の下に小さな草庵そうあんがあって、一人の老人がつくえによっかかって坐っていた。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
間もなく方丈では主客うちくつろいでの四方山よもやまの話がはじまった。点火あかりもわざと暗くした風情ふぜいの中に、おのおのぜんについた。いずれも草庵そうあん相応な黒漆くろうるしを塗った折敷おしきである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女は当惑しつつも、火鉢の消えた炭をとって、その手紙の奥へ、次の句「盧山夜雨草庵中」[盧山ろざん夜雨やう草庵そうあんうち]を「草の庵を誰かたづねん」と変えて書きつけて返す。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
少しまだ不安な点が残していく世にあって、なおそこへは移らなかった山の草庵そうあんへ、もう今後の子孫の運は仏神にお頼みするばかりであるとして入道は行ってしまうのであった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
本館の裏手に草葺くさぶきの家がある。この家は武州高尾山の妙音谷にあった居士の草庵そうあんをそっくりそのままこの地に移したもので、当時村木さんが住んでいた。耕書堂というのがあった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
甲府こうふのまちはずれに八畳、三畳、一畳という草庵そうあんを借り、こっそり隠れるように住みこみ、下手な小説あくせく書きすすめていたのであるが、この甲府のまち、どこへ行っても犬がいる。
一中節の門付はそんなことにはちっとも頓着とんじゃくはしませんで、時間をちがえず毎日廻ってまいり、お若さんの閉籠とじこもっている草庵そうあんの前に立って三味線弾くこともありますが、或日の事でございました
それがし致仕ちし候てより以来、当国船岡山ふなおかやま西麓さいろくに形ばかりなる草庵そうあんを営み罷在まかりあり候えども、先主人松向寺殿しょうこうじどの逝去せいきょ遊ばされて後、肥後国ひごのくに八代やつしろの城下を引払いたる興津おきつの一家は、同国隈本くまもとの城下に在住候えば
瀬戸村にささやかな草庵そうあんを結んでわびしい生活をつづけていた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
冬がきて、田舎役者の一行がこの草庵そうあんを通りかかった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
草庵そうあんにしばらくいては打ちやぶり 芭蕉ばしょう
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
唯四方なる草庵そうあんの露 碩
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いつかの日、信之助と別れた二岐道ふたまたみちあぜに、小さな草庵そうあんを建て、朝夕を静かな看経に送り迎えしていた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
翌日土地の者は道人に前日の礼を云おうと思って、四明山頂の草庵そうあんへ往ったところで、草庵はからになって何人たれもいなかった。土地の者は道人の行方ゆくえこうと思って玄妙観へ往った。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
心のうちはいざ知らず、袈裟けさ枯木こぼくの身を包みて、山水に白雲の跡をい、あるい草庵そうあん、或は茅店ぼうてんに、閑坐かんざし漫遊したまえるが、燕王えんおう今は皇帝なり、万乗の尊にりて、一身の安き無し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし、李逵りきは遠くへおいて、彼ひとり草庵そうあん造りの家のへ寄って行き
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草庵そうあん温石おんじゃくの暖ただ一つ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
そう云うかと思うと乳母はすっくとった。縮れ毛の醜い女ではなくて三十前後の小柄な男であった。それは京の九条の天神裏の草庵そうあんでとり逃がした入留満であった。入留満はり返って
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しんしん、春の雪は、見るまに草庵そうあんのまわりを白くうずめていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鎌倉草庵そうあんにて
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
草庵そうあんというよりは、簡素な山荘という方がふさわしい。