苦味にがみ)” の例文
寒月君は苦味にがみばしった好男子で、活動小切手と迷亭から称せられたる、金田富子嬢を優に吸収するに足るほどな念入れの製作物である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
目ばかりいたずらに血走らして、むなしい明け方にガッカリした疲れを見合う、十手商売の苦味にがみを今朝もめねばなりますまい。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その情人といふのは此の宿の料理人で、年齡としはおりかよりも二つ三つ若い、苦味にがみ走つたいゝ男だといふのであつた。それも勿論暇を出された。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
びんそこになつた醤油しやうゆは一ばん醤油粕しやうゆかすつくんだ安物やすもので、しほからあぢした刺戟しげきするばかりでなく、苦味にがみさへくははつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
説教者の力により胸はをのゝき心は壓倒されたが、やはらげられることはなかつた。終始其處には一種異樣な苦味にがみが漂つてゐた。
母たる者の子にいかめしとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫あはれみあぢ苦味にがみを帶ぶるものなればなり 七九—八一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
君が前年出した詩集の伊太利イタリイに遊んだ時の諸作に比べると近頃の詩は苦味にがみが加はつて来た。其丈それだけ世間の圧迫を君が感ずる様に成つたのだらうと僕は云つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その日の正太は元気で、夏羽織なぞも新しい瀟洒さっぱりとしたものを着ていた。「今にウンと一つ働いて見せるぞ」と彼の男らしい、どこか苦味にがみを帯びた眼付が言った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
苦味にがみばしった立派な顔が、綺麗になる。僕なんぞの顔は拭いても拭きばえがしないから、お上も構わない。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小さな茶碗ちゃわんに、苦味にがみの勝ったきつい珈琲をドロドロに淹れて、それが昨日から何にも入っていない胃のみ込んで、こんなうまい珈琲は、口にしたこともありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
虎杖いたどりの生長したのは食ふべくも無いものだが、其の嫩莖を貪り囓めば、爽快を感ぜしめる。蕗の薹は其の苦味にがみを以ての故か知らぬが、慥に多少の藥餌的效能を有する。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「投げつけられると、菌がびっくりして、その拍子に苦味にがみが幾らか取れるようですから。」
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
これは中国にも産し、巻丹けんたんの名がある。それは花蓋片かがいへん反巻はんかんし、あかいからである。このオニユリの球根、すなわち鱗茎りんけいは白色で食用になるのであるが、少しく苦味にがみがある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
大槻おおつきせがれなども内々見舞に来て、官軍と賊軍と塾の中で混りあって、朝敵藩の病人を看病して居ながら、何も風波ふうはもなければ苦味にがみもない。ソンナ事が塾の安全であったけでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
色の浅ぐろい、苦味にがみの走ったキリリとした顔の持ち主——大蘆原おおあしはら軍医だった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浪子が死せしと聞きしその時は、未亡人もさすがによき心地ここちはせざりしが、そのたまたま贈りし生花の一も二もなく突き返されしにて、よろずの感情はさらりと消えて、ただ苦味にがみのみ残りしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
一葉女史の味わった人世の苦味にがみあきらめと、まけじ魂との試練を経た哲学——
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
横から見るとすこし猫背だ。両手をきちんと袴のまちへ納めて、すウッすッとり足である。見ようによっては、恐ろしく苦味にがみ走って見える横顔に、元日の薄陽うすびがちらちらと影を踊らせている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
底ひも知らぬ深海ふかうみの潮の苦味にがみも世といづれ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
愉快な事実があって、この愉快な事実を紙に写しかえたのだから、苦味にがみはないはずだ。ニーチェの時代はそうは行かないよ。英雄なんか一人も出やしない。出たって誰も英雄と立てやしない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
苦味にがみを口いッぱい頬ばったような面持をたたえていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
底ひも知らぬ深海ふかうみの潮の苦味にがみも世といづれ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
それだけに、あとの苦味にがみはいつまでも消えまい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)