苗代なわしろ)” の例文
寂しいけれども冬でも白い漏斗形の花をつけている苗代なわしろ萸黄ぐみの枝をひと束ほどに折り集め、材木店の勝手口にそっと置いて来ました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「一応訊いてみましたが、白ばっくれて言やしません。二つ三つ引っ叩いたら、背後うしろ苗代なわしろの中とかなんとか言うに決ってますよ」
千葉県の農村などは苗代なわしろ種蒔たねまき日に、子どもは焼米袋やきごめぶくろというのをこしらえてもらって首にかけて村中をもらいあるいた。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
苗代なわしろに種をくにさきだって、籾種を水に浸して置く。普通に「種浸」とか「種かし」とかいうのがそれで、浸す場所によって「種井たない」とも「種池たないけ」とも呼ばれている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
今までの出水でみずもそこだけは防ぎ止め、冬には土を耕し、春には苗代なわしろ種子たねき水を引き、この初夏には、わずかながら新田に青々と稲もそよぎ、麻も麦も一尺の余も伸びていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐ下にはお苗代なわしろ御釜おかま火口湖がまっさおに光って白樺しらかばの林の中に見えるんだ。面白かったねい。みんなぐんぐんぐんぐん走っているんだ。すると頂上までの処にも一つ坂があるだろう。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
つばめの夫婦が一つがい何かしきりと語らいつつ苗代なわしろの上をまわっている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
麦の穂は一面白金色はくきんしょくに光り、かわず鳴く田は紫雲英れんげそうくれないを敷き、短冊形たんざくがた苗代なわしろには最早嫩緑どんりょくはりがぽつ/\芽ぐんで居る。夕雲雀ゆうひばりが鳴く。日の入る甲州の山の方からちりのまじらぬ風がソヨ/\顔を吹く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
苗代なわしろやうれし顔にも鳴く蛙 許六きょりく
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これについて思い合わされる一つの事実は、以前は越後えちごでは好いおしめりをもとめるために、田植のはじめ苗代なわしろのおわりころに、のうやすみの日が何日かあった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
午後筍買たけのこかいに隣村まで出かける。筍も末だ。其筈である、新竹しんちくびて親竹おやだけより早一丈も高くなって居る。往復に田圃たんぼを通った。萌黄もえぎえ出した苗代なわしろが、最早もう悉皆すっかりみどりになった。南風みなみがソヨ/\吹く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
少なくともその一部では竿を用いなかったのである。木曾の村々でも家の戸口に山躑躅やまつつじを打付けてあるのを自分は目撃した。伊那谷ではこれを後に苗代なわしろに立てるという。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その鼠の残りどもことごとく陸へ上り、南部秋田領まで逃げ散り、苗代なわしろを荒し竹の根を食い、或は草木の根を掘り起し、在家ざいけに入りて一夜のうちに五穀をそこなうこと際限なかりし。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それから苗代なわしろのこしらえがすぐにつづき、籾種もみだねをまいてしまった日にも小さい祭りがあり、種籾たねもみのあまりを焼米やきごめにして、袋に入れてもらって子どもらはよろこんでんでいる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
苗代なわしろの真中であったのが、後々水口みなくちから田のくろの一部に移り、さらに家の中でうすを伏せをあおのけ、または床の間や神棚の上でも、祭をするようになったものと私は見ている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
落花と苗代なわしろとの艶麗えんれいなる暮春の風景に対して、是はまた意外なる寂しい反映である。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
新らしい今年藁ことしわらをもって念入りに俵を編み、それに次の苗代なわしろ種籾たねもみを入れて、年越としこしにはそれをとこの前、神棚の下、または大黒柱の根もととか、臼柱うすばしらの片脇の臼の上とかに積み上げて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
諏訪では是をまたヒタキジロともうのを見ると、ヒジロはすなわち火を場処ばしょ、ちょうど英語の Fireplace と同格の語と考えられる。シロの古い用法は苗代なわしろのこっている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
福島県たいら附近の例をいうと、正月十一日の農立ての日の朝、今年苗代なわしろにしようと思う田に行って初鍬はつぐわをいれ、三所に餅と神酒みき洗米あらいよねとを供えて、これを早稲わせ中稲なかて晩稲おくての三通りに見立てて置く。
やがて閑古鳥かんこどりがしきりに啼いて、水田苗代なわしろの支度を急がせる。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さぎからす苗代なわしろを荒らすによって、農民はこれを憎んでいる。