老獪ろうかい)” の例文
その老獪ろうかいなやり口を思うと、蟹江はまったく忌々いまいましい気分になってきます。しかしこれは忌々しがってばかりもいられないことでした。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
以上は、かの芸術家と、いやらしく老獪ろうかいな検事との一問一答の内容でありますが、ただ、これだけでは私も諸君も不満であります。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
父のあの負けず嫌いな情熱家の筋をひいているためでしょうか、それとも母の老獪ろうかいに籠っている執拗さが伝わっているためでしょうか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
同時に葉子の体を独占的に縛っているかのように思える庸三が、ひどく鈍感で老獪ろうかいな男のように思えて、腹立たしくもなるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
リット少将は、おどしたりすかしたりして、ハバノフ氏を口説きおとすのに大車輪の態だった。老獪ろうかいとは、こういうところをいうのだろう。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老獪ろうかいな勝家は、将監の利用価値は買っても、その人物を買ってはいないのだ。すでに利にうごく人間と彼すらているのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはまるで、自分にはない精気や魅力を私にミン平から吸ひとらせて、その借り物で自分がたのしまうとするやうな老獪ろうかいな魂胆に見えた。
花火 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
今では掛人かかりうどで、奉公人も同様ですが、もともと育ちのいいお吉は、老獪ろうかいな岡っ引に絡んで来られると、口もろくに利けません。
老獪ろうかいな元就はそのめくら法師が敵方の廻し者であることを感づきつゝ反間苦肉の策謀をめぐらし、逆に彼を利用して晴賢を厳嶋いつくしまへ誘い出した。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そうかといって同じ型の相撲が力ずくでみ合うのも面白くない、そこへゆくと謙信の勇に信玄の智、義を重んずる謙信と、老獪ろうかいな信玄と
唇は厚くどす黒い。髯を取ると彼の顔は大分家康に似て来るのであった。もっとも似ているのは顔ばかりでなく、老獪ろうかいの点もよく似ている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まれにかかってもたいていは思慮のない小ねずみで、老獪ろうかいな親ねずみになるとなかなかどの仕掛けにもだまされない。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
老獪ろうかいなる紹巴しょうはは、その時気が付いていたと見え、光秀の敗軍と知るや愛宕山にけつけて、知ると云う字を消して、その上に再び知ると、かいて置いた。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
老獪ろうかいにして経験ふかき信玄の戦術は、まだわかき家康の敵すべきところではなかった。援軍の将佐久間信盛さくまのぶもりまず敗れ、おなじく滝川一益たきがわかずますも戦場を捨てた。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今や老獪ろうかい英帝国はあらん限りの陰険なる策謀を弄して我が国にあらわなる敵愾てきがいを示しつつある。そして日本全国民の対英憤激はその極に登り詰めている。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そうです、工部局の老獪ろうかいさは、今に始ったことじゃございませんわ。数え立てれば、近代の東洋史はあの国の罪悪の満載で、動きがとれなくなってしまいます。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
老獪ろうかいなA——氏は私達の計画にたぶらかされはしたが、なお幾分の疑を抱いて一方木村探偵に相談すると共に、上下に一枚ずつ真物ほんものの百円紙幣を挟んだ紙束を私に呉れたのだった。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ともかく、もう老獪ろうかいになっている才子才人の社会ほど、黙々とした、あじきない所は、この世のどこにもないというのは事実ですからね。あらゆる認識は古くて退屈です。
衛府の者どものうちに左大臣や信西入道に心をかよわす者があって、早くもそれを敵に注進されたら、あの精悍な頼長と老獪ろうかいな信西とが合体がったいして何事を仕向けるかもしれない。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それをたすける・しかつめらしい老獪ろうかい上卿しょうけい孔叔圉こうしゅくぎょ(自分の姉の夫に当る爺さんだが)の下で、蒯聵かいがいなどという名前は昔からてんで聞いたこともなかったような顔をして楽しげに働いている。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
すると、まずレヴェズの方で、老獪ろうかいそうな空咳からせきを一つしてから切り出した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「彼は『新生』の主人公ほど老獪ろうかいな偽善者に出逢ったことはなかった」。
藤村の個性 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
典型的な老獪ろうかい政治家であるロリス・メーリコフの手に帰した時代である。
おまけに顔に金創の溝ふかい怪物……このうえ跛者とくりゃあ世話アねえや! ととっさに考えるとそこは老獪ろうかい曲者くせもの、火急の場にも似ず、痛みを耐えるようににっと歯を噛んだ——笑ったのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「仕事の実行はどうかすると巧妙を極めて、老獪ろうかいとさえいえるくらいだけれど、行為の支配力、すなわち行為の根本は混乱していて、いろいろ病的な印象に左右される。まあ、夢みたいなもんですね」
「追々話す。実に老獪ろうかいな野郎だ」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
老獪ろうかいですわね。」
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
犬に対する先天的な憎悪と恐怖から発した老獪ろうかいな駈け引きにすぎないのであるが、けれども私のおかげで、このポチは、毛並もととのい
老獪ろうかいだな。全く老獪だなフランス人は……探偵に来たイベットを、あべこべにドーヴィルで利用したんだな。馬鹿にしてるな、まったく。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
芥川が彼を評して老獪ろうかいと言つたのは当然で、彼の道徳性、謹厳誠実な生き方は、文学の世界に於ては欺瞞であるにすぎない。
デカダン文学論 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
老獪ろうかいな家康が、かならず手をまわして、寝返りの誘惑を、かれら父子に伸ばしてくるにちがいないと、思われることだった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男はいやしげな笑いを唇辺に浮べたままであったが、その問いに答えようか答えまいかと一寸口ごもった風である。すぐ老獪ろうかいなとぼけた顔になって
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
天草時行の先見が、ピタリと当たったということになる。その時行だがどうしたろう? 処刑された人数の中にもいない。彼、老獪ろうかい逃げてしまったらしい。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「原田甲斐、原田甲斐か」と七十郎は冷笑した、「貴方にはこれまでかなわないところがあった、しかしいまは老獪ろうかいだ、老獪という以外には評しようがなくなった」
中でも、国民の注目を一番強く集めていたのは、老獪ろうかいなる外交ぶりをもって聞える某大国であった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
芦田君が冷たい老獪ろうかいな感じを与えるのは、あの多くの漫画のせいで、人間としてはなかなか良いところがあり、友人たちにも感謝されている例を、私はいくつか知っている。
しかしこの場合、結局黙っては済まされないとみて、老獪ろうかいの彼は巧みに逃げを打った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
芥川あくたがわが彼を評して老獪ろうかいと言ったのは当然で、彼の道徳性、謹厳誠実な生き方は、文学の世界に於ては欺瞞ぎまんであるにすぎない。
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
老獪ろうかいな相手方は、その鋭い気を抜くため、わざと待てと声をかけ、何の必要もないのに、兜の位置を少し直したりしたのだ
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郡奉行というような者は、老獪ろうかいで策略に富んでいた。で、但馬もその通りで、なかなかの老獪の男であった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかもこの際最も注意を要することは、かの老獪ろうかいなる某大国の作戦計画として、開戦の最も初期において帝都における諸機関を一挙にして破壊し去ろうとしているらしい。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてズボンの隠しに両手を入れて思案深い、やや老獪ろうかいな態度で室内を漫歩しながら続けた。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三輪の万七の老獪ろうかいさが、それだけの証拠でお蔦を縛らせるはずもありません。
あか黒い顔の頬が垂れ、眼袋ができていた、ちょっと見ると好々爺こうこうやにみえるが、細い眼の底には相当するどい光りがあり、悪くいえば狡猾こうかつ、ひいきめにみても老獪ろうかいという感じはまぬかれない。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
陳根頑は椅子により、僕らが食べている有様を、眼を細めた老獪ろうかいな表情でじっと眺めていました。僕はまるで夕飯のお余りを頂戴する犬か何かのようなみじめな気持になって箸を動かしつづけました。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「さ、お菓子は、どう?」叔母さんは老獪ろうかいである。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あらゆる手段をつくして、良兼をおびき出そうとしたが、さきは老獪ろうかいである。決して、こういう場合は、相手にならない。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家康は老獪ろうかいだから、と言つて、侍臣達も家康の手のこんだ芝居を秀吉にほのめかしたが、秀吉は笑つて、お前たちはさう思ふか。一応は当つてゐるかも知れぬ。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
(この老獪ろうかいな宰相殿と、あの清浄な簾子姫との間に、どんな関係があったのだろう?)
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薄い皮膚の下に複雑な神経を包んで居るようで、何事も優雅で自分へ有利に料理する老獪ろうかいさを眼の底に覗かして居る。その眼は大きいが柔い疲れが下瞼の飾のような影になって居る。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)