磐石ばんじゃく)” の例文
柵外の爼板岩まないたいわの上に立つと、あなたのほうに洞窟の暗い口と、合歓ねむの巨木が見えた。有村は、弓を構えて磐石ばんじゃくの上に立っていたが
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまりにけったいなる物のたずね方なので、竜之助、怒気を含んで見返ろうとしたが、この背後が磐石ばんじゃくのように重い。
男は、力をめて竿を引く。うム! と踏みこたえた右近、大地からえたよう、磐石ばんじゃくのごとく身じろぎもしない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今はもう不可抗的な自然力と化した病気の外に、磐石ばんじゃくのような重さをもってのしかかっている国家権力がある。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
もう猶予はできませんから障子に手を掛けて一思いにがらっと引き開けようとしましたが、どうしたことか障子が磐石ばんじゃくのような重さで開かないのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そしてその指先が、彼女の額に触れんばかりに近づいたとき、僕の腕は急に磐石ばんじゃくを載せられたように重くなった。——僕は何処かに凜たる声のするのを聴き咎めた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いま既にその裾野の傾斜に乗りかけながら、なおも眼の前に磐石ばんじゃくに控えている山が赤城山であることは、教えられずとも今朝宿屋を出るときからわたくしに判っておりました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
幕府政体はすでに磐石ばんじゃくである。甲府城にどれほどの軍資をたくわえ、どれほどの兵を集めたとしても、またよし三五の諸侯が助勢したとしても、徳川氏の倒壊などはまったく望み難い。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あの人はどんな誘惑に対してもびくともしない、磐石ばんじゃくのような方にちがいない。
その時神に対するイエス御自身の信仰が磐石ばんじゃくの力となって、「汝ら何ぞ騒ぎかつ泣くか、幼児は死にたるにあらず、ねたるなり」との確信に満ちた御言みことばを発せられたのです(五の三九)。
脚をひろげると、もっと広い磐石ばんじゃくおもてが、感じられた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
蘇鉄は厳として磐石ばんじゃくの如く動きません。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と手足の急所をしめて、磐石ばんじゃくの重みをくわえた。それをだれかと見れば、さっき、呂宋兵衛るそんべえ昌仙しょうせんとともに、ここにいた可児才蔵かにさいぞうである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まちの槍にはかかりの槍が含んでいるのであります。その両面には磐石ばんじゃくの重きに当る心がこもっているのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と歯をむ音が左膳の口を洩れる。そこを! 体押しにかかった栄三郎、満身の力をこめて突き離そうとしたが、磐石ばんじゃくの左膳、大地に根が生えたように動かない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それはまるで何者かが私を磐石ばんじゃくのような力で圧え付けてじっと眺めさせているかのように、まざまざと天井一杯に明るく眩しく光り輝いて描かれているような気がしていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
包むときには平気で手に持てたのが、またしても磐石ばんじゃくのごとく動かなく相成った。つづめて云えば、彼らは自分らの努力奮闘によって、自分自身の周囲に不動の鉄壁を築き上げたのである。
博士は、磐石ばんじゃくの如き自信にみちていると見えた。
磐石ばんじゃくしりゑたる冬籠ふゆごもり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
磐石ばんじゃくもみじんになれと打ちこんだが、六部の姿はひらりとかわって、くうをうった鉄杖のさきが、はっしと、石のをとばした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頬の骨は磐石ばんじゃくの如くに固く、額は剛鉄あらがねを張ったように強く、その間から光る眼玉に、どうかすると非常な優しみがあるが、少し機嫌きげんの悪い時は、正面まともには見ていられない険しさ
なぜかといえば、潮除しおよけのとまを払って、三ツのつづらの真ン中へ、竹屋三位卿、どったり腰を乗せて磐石ばんじゃくのごとく構えている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある日、この工事が、本邸の雨滴あまだれの境に据えるところの磐石ばんじゃくの選定に苦しみました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ案じられるのは、この際にも、しきりと敵側の流言離間りかんが行われているらしい。足下の磐石ばんじゃくの如きご心底こそわれらの最もたのむところである
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
磐石ばんじゃくと信じていた彼の覚悟は、騒ぎ出して来た。俺は天下の大盗だ。俺は緑林の巨人だ。——と心にいって聞かせても、騒ぐ波はしずまらなかった。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当の上野介がうけたかすり傷や恐怖以上に、あの時、大きな衝動しょうどうをうけたのは上杉家だった。またその磐石ばんじゃくの社稷をになっている老臣千坂兵部だった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孜々営々ししえいえいである。昼夜兼行けんこうである。そしてこの割普請ぶしん制の汗の下に、磐石ばんじゃくも巨木も、思うままに動かされていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
磐石ばんじゃくにひしがれたように首をうつ向けている平次郎の前に、名号をくりひろげて、良人の手をつかみ、良人の茫然としている意識をますようにいった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と彼は平伏しながら、いよいよ是が非でも勝たねばならぬ責任の磐石ばんじゃくを背負ってしまった。否それより、間違えば禄離ろくばなれ——一期いちごの浮沈にもかかわるところだ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奔流のなかの磐石ばんじゃくは、何百年激流に洗われていても、やはり磐石である。張遼はかれの鉄石心にきょうも心を打たれるばかりだったが、自分の立場に励まされて
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遍路は、磐石ばんじゃくのように佇立ちょりつしたまま、しきりとたける捕手などには、言葉もくれず、耳もさない。そうして、同心組の者が来るのを待ち設けていたように思われる。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顔を上げて、すでにここをおうと思い極めた時の決心を、今、磐石ばんじゃくのように自身の胸によみがえらせて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さすが、磐石ばんじゃくなお城ですな。敵が攻めているのかいないのか、まったく何もわかりません」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたかも、ふいごの窓のように、灼熱しゃくねつの光をおびて、くちは一文字にかたくむすばれて、太子の廟窟から求める声があるか、この身ここに朽ち死ぬか、不退の膝を、磐石ばんじゃくのようにくみなおした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或る時は、芙蓉ふようの花のように汗ばんだ皮膚を、或る夜は屏風びょうぶをへだてていても漂ってくる黒髪のにおいを。——年久しく、磐石ばんじゃくもとひしがれていた愛慾の芽はそうして、にわかに彼の胸に育てられていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老仙のごとき磐石ばんじゃく。石を縫うささ流れ。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)