渡船わたし)” の例文
町田ちやうだ渡船わたしはそれでも風景に富んで居た。水は余りに長い平凡に堪へないといふやうに、一ところ凄じい勢をなして流れた。
草津から伊香保まで (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「アッ。月島の渡船わたしに乗ったんだね。成る程成る程。その時にアンタと一緒に乗っていた二人の男の風体ふうてい記憶おぼえているかね」
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが詭計だよ。往きは渡船わたしで行って、帰りに知合の船頭に頼んで船に乗せて貰ったと言うのが可怪おかしいと思わなかったかい。
二人はしかたなしに仕事をめて帰って来たが、渡頭わたしへ来てみると、渡船わたしはもう止まって、船は向う岸へつないであった。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
住吉の渡船わたしをわたって通い、日本橋植木だなの藤間の家元に踊りをならいなどして、劇作を心がけ、坪内先生によって新舞踊劇にこころざしていた。
なぜならば早駕はやは何うしても渡船わたしらなければならないが、清水一学は、浅洲あさすを拾って馬を乗り入れ、無礙むげに対岸へ渡ってしまったからである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
途中あれはなんといったでしょうか、渡船わたしがある。私にこの船賃がないんです。といってまさかに泳いでも渡れない。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「江藤警部補、これはいったい、どうしたということなんです。貴方あなたは、あの不審な男を渡船わたしに乗せてしまって……」
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
其の内追々山水が出たので、道も悪し、板鼻いたはな渡船わたしも止り、其のほか何処どこの渡船も止ったろうと云われ、仕方がなしに足を止めて居ります内に、心配致すのはいかんもので
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たゞ大南風に渡船わたしのぐらつくをも怖るゝ如き船嫌ひの人〻の、更に水の東京の景色も風情も実利も知らで過ごせるものに、いささかこの大都の水上の一般を示さんとするに過ぎねば
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
渡船わたしを渡らなければならなかった。で彼は渡船を渡った。
天主閣の音 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それが詭計だよ。往きは渡船わたしで行つて、歸りに知合の船頭に頼んで船に乘せて貰つたと言ふのが可怪しいと思はなかつたかい。
木津の渡船わたしで、すこし、うるさいことがあったので、宿しゅくの辻で待ちあわしているようにと、自分は、一足後から駈けつけてきたのであったが——。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じぶんの家の方へ帰っていたと思っていたものが、反対に隣村の方へ往って、其処の渡船わたし場へ出てやっと気がいたと云うような話は平常いつものことであった。
村の怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ねえ、この淋しさったら、お話しじゃないじゃないの。橋が落ちて、渡船わたしが出来てからは、なんだか、人別にんべつ
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
本佃ほんつくだの住吉の渡船わたしでくるか、永代橋のきわから出て、父の閑居の門前につく渡船に乗るかが多かった。
大高島に渡る渡船わたしの中にかれはいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その歓びにはしゃいで、問わず語りに彼が喋舌しゃべるには——江戸から大和まで来る間、川の渡船わたしに幾たびも乗ったが、海の船にはまだ乗ったことがない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡守の常七は、渡船わたし小屋のなかで火を焚きながら草鞋を造っていた。静な晩で、小屋のさきを流れている仁淀川の水が、ざわざわと云う単調な響をさしていた。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
風がいで、波に隠れていた、渡船わたしの灯がまた現われた。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「ウム、空模様さえよければ、夜旅をかけて矢走やばせ渡船わたしに夜をかすのもいいが、この按配あんばいでは危なッかしい……」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちに一年ばかりった。それは木枯こがらしの寒い夕方であった。巳之吉は森からの帰りに渡船わたしに乗ったところで、風呂敷包を湯とんがけにした田舎娘が乗っていた。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「おばばが、かたきとねらって探している、宮本武蔵という野郎よ。——隅田川の渡船わたしから降りた所で見かけたんだ」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡船わたしからちょっと来た処の蘆の中へ、女子が入って往くのを見ましたが、それでございますか」
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
岩井のたち猿島さしま郡だ。相馬から渡船わたしで一水を越える地にある。船中で酒を酌みあい、寒いが、気は晴れてきた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多摩川たまがわべりになった調布ちょうふの在に、巳之吉みのきちという若い木樵きこりがいた。その巳之吉は、毎日木樵頭さきやま茂作もさくれられて、多摩川の渡船わたしを渡り、二里ばかり離れた森へ仕事に通っていた。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
早瀬へ、渡船わたしはかかっていた。下流しもへ下流へと、船脚はながされてゆく。箭四郎のすがたが、次第に小さくなった。若い男女ふたりのすがたに、朝のが、かがやいていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常七は気がつくと舟を飛びおりて渡船わたし小屋へ駈け込んだ。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
本街道なら珍しくもないが、播州路からわかれて高取越たかとりごえを経た上、千種川ちぐさがわ渡船わたしをこえてこの城下へと入る赤穂街道を、一かたまりの提灯ちょうちんが、暁闇ぎょうあんの中を走って来るのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡船わたし……」
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、さっき渡船わたしの中へ忘れてしまうところだった襤褸つづれの巾着を、武蔵の手に預けた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「うるさかったら乗ってくンねえ。陽のあるうちに矢走やばせ渡船わたしを越えて、草津泊りは楽なもんでさ。下駄ばきでカラコンカラコンやっていた日には、これから大津までもむずかしゅうがすぜ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず大山街道へ出て、玉川の渡船わたし、東海道へ出ようと兵庫はいう。お通の塗笠には、もう夜の露が濡れめていた。草深い谷間川たにあいがわに沿って歩くと、やがてかなり道幅のひろい坂へかかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女中も連れずに、九条の渡船わたしのほとりを、しょんぼりと歩いてきた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分はお十夜の眼からのがれるため、わざとこの松原に姿を隠し、もし矢走やばせへ出る渡船わたしがあったら、草津あたりで宿をとろうと考えている間に、今夜の大嵐おおあらしに逢って退きならなくなったのだけれど
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡船わたしが出る。範宴は、性善坊と一緒に、ふなべりへ立った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)