渡舟わたし)” の例文
ぞろぞろと、渡舟わたしを下りた旅人たちが河原から上って来たのである。治郎吉は、お仙のからだを、からだで押すように、足を早めて
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
扨も忠八は馬喰町なる旅宿りよしゆくかへりてお花夫婦に打對うちむかひ今日向島の渡舟わたしにて斯々かく/\の事ありしと告げれば夫婦は悦ぶ事大方ならず只行方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二銭の渡舟わたしに乗つて西側に達して、久里浜行のバスを待つた。馬堀から此処までの間に、ラムネ代と二銭——より他は使はなかつたわけである。
或るハイカーの記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
だが、また、佃島つくだじまから、渡舟わたしでわたって来た盆踊りは、この界隈かいわいの名物で、異境にある外国人とつくにじんたちを悦ばせもした。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
十二、袋井通りで見附けられ、浜松の、木陰で舞坂まくり上げ、こちや渡舟わたしに乗るのは新井宿。
東京の風俗 (新字旧仮名) / 木村荘八(著)
その男は、再びもとの酔いどれ口調に返って、えりを立てながら渡舟わたしのなかに蹌踉よろめき込んだ。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
其處を渡舟わたしで渡ると、道はやゝ長いこと上り坂になつて居る。その坂の中ほどで自分は久しぶりに傳造に出會つた。黒い眼鏡をかけて、ひどくやつれてゐたけれど、自分にはすぐ解つた。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
やぶの穂に村火事を見る渡舟わたしかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「そうか。向う岸まで手繰り綱があるとは倖せ。ひとつ渡舟わたしを出してくれい。駄賃はいくらでもやるぞ。望み次第与えるほどに」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鏡花さんが水がきらいで私の住んでいた佃島つくだじまうちが、海潚つなみに襲われたとき、ほどたってからとても渡舟わたしはいけないからと、やっとあの長い相生橋あいおいばしを渡って来てくださったことを思出したり
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
大川を向うへ越えて、渡舟わたしを上がった途端から、伝公の挙動が少し違って来た。どうも先刻の悠々然たる伝公とは調子が違う。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おかげで渡舟わたしはすぐ着いた感じだ。印南いなみの春は、麦の青、菜の花の黄、まっ平らな沃野よくやだが、すぐそこが宿場だし、さらに西にも川が望まれる。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頭目かしらの小六正勝様について、一党数十名で、こよい矢矧やはぎへかかったが、舟がない。そこで渡舟わたしを探し求めているうち、おのれの舟を見つけたのだ
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おお、木津川の渡舟わたしへ来たからおまえとはお別れだ。——もう陽も暮れかかるゆえ、道くさをせず、急いで行けよ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そいつは気がつかなかったが、いずれ、この屋敷を出て行くからには、春日道かすがみち新堀しんぼり渡舟わたしへ出るにきまっている」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
加山耀蔵ようぞうは駕わきに付く。そして、江の島の渡舟わたしから腰越街道の方へ渡ってゆくと、もう海辺も路傍みちばたも人で埋まって
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど曳馬畷ひくまなわてから馬込まごめ渡舟わたしへ出るあいだの街道だった。並木の松や雑木のほかは、見通しのよい畑や田だった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今、渡舟わたしを下りた人々だの往来の者は、彼の赤い顔へ、英雄を仰ぐような眼をみはって、がやがやとめていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子安こやす生麦なまむぎ鶴見つるみ、川崎——、浦づたいの道はそこで切れて、六ごう川の渡舟わたし——、乗合いの客はこんでいた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡舟わたしを探せ、渡舟一艘さえあれば、かわるがわる越えて、夜明けまでに、舟で下る道程みちのりほどは歩けよう」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ほかに、何とかいう女の人とも道連れになって、木津川渡舟わたしまでおらと三人、一しょに歩いて来たのさ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よろい渡舟わたしから茅場町かやばちょうまで一息に急いで、それから先の縁日の人みに交じると、初めて足を緩めました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もう先へ送っておきました。場所は決めた通り、こうがい渡舟わたしから二町ばかりてまえのほうで」
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何、さしたる程ではございませぬ。渡舟わたしの上で、ちとばかりしぶきを浴びたとみえまする」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡舟わたし待ちの前から、こう話しかけてきた中年増ちゅうどしまがある。身装みなりは地味、世帯やつれの影もあるが、腰をかがめた時下げた髪に、珊瑚さんごの五分だまが目につくほどないい土佐とさだった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その翌日、七里ヶ浜をいそいで、江の島への渡舟わたしに乗った彼が、島へ上がるとすぐだった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡舟わたしの者が、呶鳴っておりますがの。旦那は大湊おおみなとへお越しになるのではございませぬか」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「足弱な子達や女房方を、さきに渡舟わたしで川を渡しますから、しばらくは御休息あるように」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにしろ途中には、大津おおつ関所せきしょ、松本の渡舟わたし鈴鹿山すずかやま難路なんろなどがございますので……」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お吉とお米とは、かつて久しぶりに、九条の渡舟わたしで会ったことがある。その時のお吉は、消息の絶えた万吉の身を案じて、四貫島かんじま妙見みょうけんへ、無難を祈りに行った帰るさであった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……はてな。おれが子供の時分には、たしか、この辺に、渡舟わたしがあったはずだが」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾度も、竹屋から渡舟わたしが着く——。しかしその中に、お蔦は見出されなかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そいつアこっちから聞きたいところさ。亭主、ここの渡舟わたしはどこへ行くのか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何気なくいてみると、そこらの茶店で、筆や紙を借りての走り書であろう。文辞ぶんじもそそくさと、是非お話ししたいことがある、待っています、九条村の渡舟わたしの前まで来て下さい。とある。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大月から猿橋へかかって、桂川の渡舟わたしに姿を見せた三五兵衛は、その渡舟には乗らないで、小篠こしのという村の道をたずねた。そして教えられた川添いの道を下へ向って、ゆっくりと歩いていた。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船頭の声にかれて、渡舟わたし桟橋かけはしへドタドタと人の跫音あしおとがなだれていった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
富士川の渡舟わたしにかかると、愈〻いよいよ追い越されたひらきは取り戻せなくなった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうすでに看破していた吉川家の部下は、護送の途中、備中松山のふもとの河部かわべの渡しへかかったとき、渡舟わたしを待つ間に鹿之介が汗を拭っているすきをうかがい、うしろから不意に太刀を浴びせた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紀伊守は去って、渡舟わたしの混雑へむかい、何か岸から声をかけていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妻子一族をのせた渡舟わたしはいま、川の中ほどまですすんでいる——
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——乗りねえ、ちょうど着いた、あの渡舟わたしへ」
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、いちばん後から渡舟わたしのうちへ飛びこんだ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毛野川の渡舟わたしの上で、将門は、いった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「行き過ぎやしないかえ、渡舟わたしの前を」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)