歔欷すすりなき)” の例文
すると、優しい歔欷すすりなきの声が、聞えて来たではありませんか。そうして私の額の上へ熱い滴が落ちて来ました。彼女が泣いているのでした。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人はかなり永い間沈黙を続けて居りましたが、閣下よ、最初に彼等の口から洩れた音と云うのが、何と、哀調綿々たる歔欷すすりなきでは有りませんか?
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
松代は、なさそうに、嘉津子の頭を自分の胸へぐっとかかえた。嘉津子は母親の胸の中で静かに歔欷すすりなきを始めた。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しかしをつところしたわたしは、盜人ぬすびとごめにつたわたしは、一たいどうすればいのでせう? 一たいわたしは、——わたしは、——(突然とつぜんはげしき歔欷すすりなき
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
道太はやっと安心して、病室を出ることができたが、しかし次の部屋まで来ると、にわかに兄の歔欷すすりなきが聞こえたので、彼は思わず足がすくんでしまった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その風がしゅうしゅうとしてはりを渡り、或るところまで来てハタと止まると、いかにも悲しい歔欷すすりなきの声が続く。
男も一緒に、たしかに、歔欷すすりなきの声をもらしていた。「あなただけでも、強く生きるのだぞ。」そう言った。誰か、はっきりしない。まさか、父ではなかろう。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
男はやみの中にも、遂ぞ無い事なので吃驚びつくりして、目をまろくしてゐたが、やがてお定は忍音しのびね歔欷すすりなきし始めた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さも思い迫ったような歔欷すすりなきをするのである。女は男の頭を自分の胸のところへ引き寄せて、髪の上をでて、額に接吻せっぷんしてった。それから涙を口で吸い取って遣ろうとした。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
涙の出ない歔欷すすりなきのようなものが再び腹の底から起って仰向いている朝子の唇を震わせた。
おもかげ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「いいえ、お話は御免遊ばして……」とナヂェージダは、ラエーフスキイの歔欷すすりなきに耳を澄ましながら答えた、「あたくし、気がふさいでなりませんの。おいとまさせて頂きますわ……」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その間、法水は告白書に眼を通していたが、程なくイリヤは我に返って、歔欷すすりなきを始めた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
女の帯の結び目を見上げていた男の眼から、大粒な涙がしたたった。かすかな歔欷すすりなき
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鮮純なリズムの歔欷すすりなきはそこからる。さうしてその葉その根のさきまで光り出す。
鮮純なリズムの歔欷すすりなきはそこからる。さうしてその葉その根のさきまで光り出す。
月に吠える:01 序 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
動哭どうこく嗚咽おえつ歔欷すすりなきの中へ、平次と八五郎は分けて入りました。町人にしては贅沢過ぎると思うほどの絹夜具の中に、横たわっているのは、河内屋の秘蔵孫、喜太郎少年の痛々しい姿です。
銭形平次捕物控:050 碁敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
途端に並いる印度人一同の間から歔欷すすりなきの声がれた。そしてその時誰かが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし、赤彦君は一言もそれに返辞をしない。呼ぶこゑは幾たびか続いて、それに歔欷すすりなきのこゑが加はつた。僕は夢現ゆめうつつの間にそれを聞いてゐるのであるから、何か遠い世界の出来事のやうに思へる。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
顔に当てた手巾はんけちの中から歔欷すすりなきの声を洩らした。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
わたしの心は遠いところで歔欷すすりなきをやめない
歔欷すすりなきに窪んだ枕に伏せて、而も彼女は
歔欷すすりなきして彼はもだえつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかし夫を殺したわたしは、盗人ぬすびとの手ごめに遇ったわたしは、一体どうすればいのでしょう? 一体わたしは、——わたしは、——(突然烈しき歔欷すすりなき
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
主人が入って来た時も面を上げてそれを迎えることをさえしないで、かえってその打伏した袖の下から歔欷すすりなきの声が、ややもすれば高くなるのでありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
腰にまつわりついている婦人連の歔欷すすりなきが、しめやかに聞えていた。二階一杯にふさがった人々は息もつかずに、静まり返っていた。後の方には立っている人も多かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女は歩きながら、歔欷すすりなきをしている。男は黙っている。丁度の公園の前を通っている。暗い、静かな、広い町の上へ、公園の木立の中から、接骨木にわとこの花のが、軽く悲しげに吹いて来る。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
突然子供がしゃくり上げて泣くような高い歔欷すすりなきの声が四辺の静寂を破った。
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
自分でもなぜあんな事になったのかわからなかった。で今こそマリヤ・コンスタンチーノヴナの前で、きっとあの借金は返しますと誓いたかったが、こみ上げて来る歔欷すすりなきと羞恥とで口が利けなかった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私は直ぐ又うつむいて、下唇を噛締めたが、それでも歔欷すすりなきが洩れる。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その歔欷すすりなきでもつて私をあやし
わたしはこのまま生きていれば、大恩人の甚内を憎むようになるかも知れません。………(永いあいだ歔欷すすりなき
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は今絶望のどん底にあるものらしかったが、客にサアビスする隙々ひまひまに、詩作にふけるのであった。毎日々々の生活が、やがて彼女の歔欷すすりなきの詩であり、むごい運命の行進曲であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お君は歔欷すすりなきの声で再び主人を呼びました。そうしてこころもちあちらを向いて
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
笹村は多勢のわかおいめいと、一人の義兄とに見送られて、その土地を離れようとする間際に、同じ血と血の流れあった母親の心臓の弱い鼓動や、低い歔欷すすりなきの声をはじめて聞くような気がした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
荒い歔欷すすりなきが、いつまで経ってもまなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)